THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

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自動運転をどう操るか

今週、千葉大学で、フィンランドにあるアールト大学の学生を交えてのワークショップがありました。テーマはFuture of Automobility。月曜日に5組の混成グループを結成し、ゲストを招いてのブリーフィング&トークセッションを行ったあと、研究をスタートし、金曜日に最終発表を行うというスケジュールでした。私もゲストのひとりとして、Automobility and Societyというテーマで話をしました。

最終発表は、5組中3組が自動運転を前提としていました。しかし無機質な移動ではなく、情報デバイス(その中にはドローンも含まれます)を融合させ、自分たちの気持ちを直感的に移動に結び付けていくという世界を描いていました。残りの2組も運転をゲーム感覚で考え、楽しもうという趣旨でした。自動運転が一般的になり、操縦の楽しみがなくなっても、パーソナルなモビリティならではの移動の喜びは表現できるというメッセージはとても参考になりました。

しかしながら、彼らの考えのベースにある自動運転の方向性はさまざまです。最近感じるのは、ソーシャル型とマーケティング型、2つの大きな流れがあるのではないかということです。

グーグルカー

今回のワークショップで他の方が触れていましたが、アメリカのIT企業グーグルの自動運転車は、交通事故をゼロにすることが開発の出発点であり、YouTubeのムービーでは高齢者や子供、目の不自由な人を乗せるなど、すべての人が自由に移動できることをアピールしています。つまりソーシャル型の代表と言えます。

AudiA8

一方、今週の記者会見で自動運転車を数年内に発売すると表明したドイツの自動車会社アウディは、上級車種を用い、高速・長距離の自動運転が可能であることをアピールしています。搭載を予定する車種は最上級のA8だそうです。自動運転を付加価値と位置づけた考え方で、マーケティング型に当てはまるでしょう。

1982年にフランスで公布されたLOTI(国内交通の方向付けの法律)は、誰でも・いつでも・どこにでも、簡単・快適・安価に、環境負荷をかけずに移動できるという「交通権」を、世界で初めて定義したことから、モビリティを考えるうえで重要な法律のひとつになっています。日本で一昨年成立した交通政策基本法にも大きな影響を与えました。

この考え方にフィットする自動運転車が前者であることは、説明するまでもないでしょう。学生たちが研究のベースに据えたのも、ソーシャル型だと予想します。あらゆる人が自由に使えてこそ、自由な発想が生まれる。それがより良い社会を作り出すのではないかと考えています。

WHILLの飛躍は続く

このブログで何度も紹介しているスタイリッシュなパーソナルモビリティWHILL Model Aが、東京・六本木のホテル、グランドハイアット東京と、長野県の会員制リゾート、ビッグウィーク軽井沢に導入されることになりました。WHILLでは今後も、2014年9月に発売したModel Aを、一般向けの販売と並行して、商業施設などへの展開を進めていくとのことです。

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 私がWHILLの存在を初めて知ったのは、4年前の東京モーターショーでした。翌年1月、現在CEOを務める杉江理氏にお会いし、紹介記事をメディアに掲載しました。「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」という車いすユーザーの言葉に衝撃を受け、身障者や高齢者などが自慢でき、健常者も乗りたくなるパーソナルモビリティを作りたいという言葉に共感を抱きました。

そのときはまだ、モーターショーに出展したコンセプトモデル(写真下)が完成して間もない段階で、会社設立前のことでした。ところがその後、上に書いたように、わずか3年足らずで市販化に漕ぎ着け、有名宿泊施設への導入を実現したのです。

人より少しだけ近くから、一連のストーリーを眺めてきた自分にとっては、モビリティに関わる日本のベンチャーユニットが、たった4年で確固たる地位を築きつつあることに、自信と勇気をもらいました。日本のものづくりが依然として世界に伍していけることを教えられました。しかもWHILLの中心にいるのは30代の若者です。この国の将来を考えるうえでも明るい話題ではないでしょうか。

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すでにWHILLは、日本を代表するモビリティのベンチャービジネスユニットの地位にあると言って良いでしょう。挑戦者から牽引者へと、ポジションが変わりつつあるような気がします。今後もこの勢いを持続してもらい、ぜひとも2020年の東京パラリンピックの開会式に、WHILLの最新モデルで日本選手が会場に入ってくるシーンを実現してもらいたいと考えています。

ピケティ・ブームから考える移動格差

いま経済界でもっとも注目の人物が、フランスの経済学者トマ・ピケティ氏でしょう。2013年に母国で、そして昨年日本で発売された著書「21世紀の資本」は、約700ページというボリューム、6000円近い価格(いずれも日本版)にもかかわらず、世界的なベストセラーになっています。私も読者のひとりです。

彼の主張については、すでに多くのメディアで紹介されているので、著作を読む必要はないと考える人がいるかもしれません。また「◯分でわかる」などの参考書に目を通せば良いと思っている人も多いようです。安易に結果を求めたがる最近の日本らしい風潮です。

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この本の肝は、結果よりも過程にあるのではないかと思っています。産業革命から現在までの主要国の経済状況を、当時は存在しなかったコンピュータを活用して統計化し、結論を導き出したのです。つまり憶測や願望でモノを言っているのではなく、主張に裏付けがあるのです。それが世界中から評価を受けている理由でしょう。

そこから導かれた主張である「資本主義が発展すると格差は大きくなる」は、現在の我が国のモビリティの世界にも、ある程度当てはまります。JR九州の超豪華寝台列車「ななつ星」は予約が殺到し、料金値上げが実施されたのに対し、地方住民の足である鉄道やバスは廃止や減便が相次いでいます。自動車の世界では、新車で販売された4割が軽自動車でありながら、1000万円以上の超高級車も売れ行きを伸ばしています。

格差が小さくなれば、超豪華列車や超高級車は、一時的に需要が低下するかもしれません。しかしクオリティを大きく落とさない範囲で価格を下げれば、すぐに挽回するはずです。逆に格差が大きくなっても、同じ列車に乗る回数を増やしたり、同じ車種を何台も手に入れたりすることは、マニアでない限り稀有でしょう。そこで料金や価格の値上げとなります。逆に低所得者層では、所得がさらに減少し、移動に支障をきたす人が増える可能性があります。移動の格差もさらに拡大することになります。

格差を完全になくすことは不可能であり、すべきでもありません。背が高い、絵が上手、運動神経に優れるなど、人は生まれた時点で格差を持っているわけですし、ある程度の競争がなければ、たぶん人は怠けてしまって、新しい技術やデザインが登場しなくなり、やがては人間以外の生物に地球の主役を奪われてしまうでしょう。しかし我が国でも近年、格差が過大になりつつあるのは事実であり、どこかで歯止めをかけるべきではないかと考えます。


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日本ではあまり話題になりませんが、彼は20世紀の100年間で格差が小さくなった時期として、二度の世界大戦を挙げています。戦争が起これば格差は縮小する。これが歴史の真実なのです。21世紀は戦争以外の手段で格差縮小をすべき。それが「世界的な資本税」という提案をしたピケティ氏の真意ではないかという気がしています。

格差拡大を人のせいにして放っておけば、過去のオウム真理教や現在の中東地域のような過激派が台頭し、やがて戦争に結び付くのではないかと危惧しています。そうならないためにも、1人ひとりが真剣にこの問題を考え、動くことに尽きるのではないかと思っています。

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