新型コロナウイルス感染拡大の影響であまり注目されていませんが、3月29日から羽田空港の新しい飛行ルートの運用が始まりました。以前もブログで取り上げた、国際線の増便に対処するもので、国際線の発着が多くなる15〜19時、かつ南風時に限り、東京23区西部の上空から滑走路にアプローチするルートを使います。通過する渋谷区にある事務所には、事前にこのようなパンフレットが送られてきました。

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開始から数日間は北風だったので、実際に事務所の上空を飛行機が飛ぶようになったのは4月3日以降でしたが、実際に体験してみると、不快になるほどの音量ではないもののかなり長い間響くことを知りました。渋谷区でもそう感じるので、もっと南の品川区に住む方はより強い印象を抱いているでしょう。

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それ以上に感じたのは数の多さです。5分に1機ぐらいの間隔で飛んできます。新型コロナウイルスの影響で大幅な減便がなされているので意外でしたが、羽田空港のウェブサイトで今日の15時台の到着便を調べると、国際線は通常14便中実に12便、国内線は27便中18便が欠航するものの、1時間に11便は飛んでいるので5分に1機ぐらいにはなります。

逆に言えば、感染が収束して本来の便数に戻ると、今の約4倍の飛行機が飛ぶ計算になるので、常に音が響くようになるかもしれません。また現在は15〜19時に限定されてますが、これ以外の時間帯も国際線は多くの便が設定されているので、今後時間帯の拡大が予想されることも頭に入れておく必要はあります。

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このような事態になったのは、国際空港として作った成田空港が都心から遠すぎ、多くのエアラインが羽田発着を望んでいることが大きいですが、もっとも新しいD滑走路が、A/C滑走路の離着陸に干渉する位置にあることも関係していると思っています。B滑走路に並行して作ったりしておけば、北風時と同じように従来に近い飛行ルートでより多い飛行機をさばけたはずです。

前回は現状での対処案を書きましたので、今回は電力中央研究所の創設者であり当時理事長だった松永安左エ門主催の「産業計画会議」が出したレコメンデーションのひとつで、東京湾内に巨大な埋立地を作り、そこに新空港を開設するプランを紹介します。1959年に作られたこの案では、アクセスのために東京湾横断道路も建設し、羽田は廃港として、小田急電鉄や相模鉄道、当時計画中の東名高速道路が近くを通る厚木基地を民間転用するというものでした。



当時の政府は、羽田の廃港や東京湾横断道路は非現実的として成田空港に決まったそうですが、道路はその後東京湾アクアラインとして現実になっています。実現に向けては東京湾の漁業や厚木基地の騒音をどうするかなどの問題が出てくるでしょう。でもそれは空港などの大規模な開発ではどこでも発生することで、現実に成田でも大規模な反対運動が起こりました。

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国際空港としてあとから整備した成田空港では、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、2本ある滑走路のうち1本を閉鎖するという状況に追い込まれています。今後ますます羽田への一極集中が進んでいきそうな気配を感じます。現在においても言えることですが、先を見通せる能力と冒険を厭わない精神が、国の舵取りには大切であると改めて思いました。