THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

カテゴリ: まちづくり

先月のブログでパリに行ったことを書きましたが、今回の渡航ではもうひとつ、フランス・ドイツ・ベルギーに囲まれた小国ルクセンブルクにも立ち寄りました。この国で2020年3月から、国全体の公共交通を誰でも無料で使えるという画期的な取り組みを始めていたことが理由です。

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これまでも無料公共交通を実施する都市に行ったことはありますが、国全体で実施しているのは初体験です。なぜルクセンブルクが無料化に踏み切ったかという理由、現地での公共交通の種類、自分がどのように移動したかなどについては、インターネットメディア「東洋経済オンライン」で記事にまとめましたので、気になる方はお読みください。



ここでは移動全体を通しての感想を綴ります。まず感じたのはシンプルであるということです。運賃の支払いがないだけでなく、トラムの電停は券売機はもちろん時刻表や路線図もないのですっきりしており、電車やバスの車内もチケットをチェックする機器はないので、多くの欧州都市同様広告がないことと相まってクリーンです。こうした部分は人件費を含めてコストダウンにも貢献しているはずです。

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MaaSも不要です。MaaSは経路検索とともに事前決済やサブスクメニューなどを用意して、シームレスな交通環境を提供することが目的ですが、そもそも運賃が無料なので事前決済もサブスクも意味を失います。経路検索は必要ですが、それはGoogleマップなどで賄うことができます。MaaSの書籍を複数出させていただいている私も、ルクセンブルク国内ではGoogleマップだけで十分でした。

無料化によって車両やインフラへの投資が滞っているようなことはありませんでした。国鉄の車両は年季が入っていましたが、トラムは開業が2017年ということもあって新しく、バスにはパンタグラフで充電する電気車両も導入されていました。中央駅の北隣にはトラムとの乗り換えを可能として、トラム沿線の新都心へのアクセスをスムーズにする国鉄の新駅が作られており、専用のケーブルカーまで用意してありました。

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もうひとつ感じたのは、移動がとても自由だということです。マイカーのドアtoドアの自由とは違う、無料なのでどこでも行こうという気持ちになる自由さです。ユネスコの世界遺産に登録された旧市街だけでなく、郊外のまちやニュータウンなど、空いた時間があれば出かけてみようというマインドになれました。公共交通などで時間を気にする必要はありますが、むしろ時間を忘れて移動を満喫できるという印象を持ちました。

欧州の公共交通は税金や補助金主体で運営し、収入に占める運賃の割合が少ないことは、このブログで何度も書いてきました。その究極の形がルクセンブルクです。私自身、移動や物流の事業者には相応の対価を支払うべきと考えますが、無料公共交通というのはビジョンそのものが異なると解釈しています。交通をごみ収集や除雪などと同じ、住民のためのサービスとして考えるというビジョンです。

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日本でも高齢者の公共交通を無料にする地域はありますが、これだけでは交通渋滞やそれによる環境悪化を食い止めることはできません。それでもマイカーが必要という人は、自分を含めて乗ればいいと思いますが、車両の購入や駐車場代、税金などに多額の金額を要することを考えると、無料公共交通になびく人は多そうです。実際に私がいた限り、交通渋滞で困っているというシーンは見かけませんでした。

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これも何度か書いてきましたが、日本の公共交通は多くが民間事業者で、運賃収入を原資とした運営がなされ、黒字か赤字かが大きな判断基準になっています。新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、公共交通の危機が叫ばれている原因のひとつはこのスタイルにあります。


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欧州のように、税金や補助金主体の運営に切り替え、住民サービスとしての公共交通に立ち位置を変えれば、無料化も難しくはないと考えています。それが子供から高齢者まであらゆる人の移動を支え、環境保護にも結びつきます。ルクセンブルク滞在でいちばん感じたのはやはり、日本の公共交通のビジョンそのものを変えなければいけないということでした。

都市に住む人にとって欠かせない憩いの場である公園。しかしながら心地よい空間を作り、保っていくためには、想像を超えた労力や工夫が必要です。とはいえ日本にも、運営面で評価されている公園はいくつかあります。その中から今回は、Park-PFI制度を使って魅力的な空間に生まれ変わった、大阪府堺市の大蓮公園に行ったので、この場で報告させていただきます。

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Park-PFIとはパーク・プライベート・ファイナンス・イニシアチブの略で、2017年の都市公園法改正により新たに設けられた、公募設置管理制度のことです。園内に飲食店や売店などの施設を設置し、こうした施設から得られる利益を使って周辺の広場や遊歩道の整備を一体に行う事業者を、公募により選ぶというものです。

東京都の新宿中央公園、福岡県の大濠公園など、全国各地に実例がありますが、大蓮公園はその中でも専門家の評価が高く、今年度のグッドデザイン賞で金賞にも輝いています。私も審査委員のひとりとして説明を聞いているうちに、実際に見に行きたくなり、京都で用事があったので足を伸ばしたというわけです。

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大蓮公園は堺市と和泉市に広がる泉北ニュータウンの中にある公園で、ニュータウンを貫く泉北高速鉄道の泉ヶ丘駅から徒歩10分のところにあります。公園自体は1982年に開園しており、名前の由来である大蓮池が面積の3分の1を占めています。敷地の中ほどには、建築家の槙文彦氏が設計した資料館がありましたが、2016年に閉館しており、取り壊すかどうかという議論が進んでいたようです。

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そこで堺市はPark-PFIの導入を決断。選ばれたのは、泉北高速鉄道などが属する南海グループでした。資料館は同じ大阪府のアウトドアブランド「DOD」とのコラボで、カフェやBBQサイト、テレワークスペース、図書館などが入るスペースに作り替え、隣接する芝生広場はキャンプ場として運営。旧資料館の向かいには、ものづくり拠点スペースとリフォーム相談所が入る建物が用意され、芝生広場の脇にはライフイズパークと名付けたマルシェを用意しました。

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訪問したのは週末の天気の良い日だったこともあり、芝生広場にはテントが並んでいました。周囲に集合住宅が並ぶ都市公園とは思えない光景です。旧資料館もカフェや図書館などに人が入っていました。一方、大蓮池に向かって斜面となる敷地は従来どおりの公園で、さまざまな人が思い思いの時間を過ごしていました。2つの空間が違和感なく融合しているところも感心しました。

Park-PFIの実例の中には、商業主義的な匂いを感じる公園もあります。しかし大蓮公園に、そういった雰囲気はまったくなく、世代を超えて理屈抜きで楽しめる空間に仕上がっていて、羨ましいとさえ思いました。それをまちづくりの老舗でもある鉄道事業者のグループが手がけたというストーリーも新鮮でした。

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日本のニュータウンは多くが高度成長成長時代に作られたが故に、昨今は高齢化が進み、オールドニュータウンと揶揄されることもあります。しかし大蓮公園のような場があれば、若い人も住もうと思い、世代間でのつながりも育まれるのではないでしょうか。このプロジェクトが日本の他の公園、そしてまちづくりに良い影響をもたらしていくことを望みます。

4年ぶりに海外に出ています。まず向かったのは、これまで何度も訪ねてきたフランスの首都パリです。もちろん新型コロナウイルスの感染が拡大して以降では初めてになります。このブログではコロナ禍が始まった頃、パリでは自転車走行空間の拡大に乗り出していることを書きました。今回の渡航はそれを確かめる目的もありましたが、結果から先に言えば予想以上でした。

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最初の写真はルーヴル美術館の脇を走るリヴォリ通りです。ここは以前は一方通行の車線が3車線分ぐらいあったと記憶していますが、コロナ禍を受けて自動車レーンを1車線だけ残し、残りをすべて双方向に通行可能な自転車レーンに変えてしまいました。これなら自転車はもちろん、4年前には見ることさえなかった電動キックボードも安心して走れます。これまで自動車で何度も走ったことがある場所だけに、大胆な変身に驚きました。

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次はバスティーユ広場です。ここはナポレオンによるフランス革命以降、何度か革命の地になった場所で、広場の中央に7月革命記念柱がそびえ、道路はその周辺を巡るラウンドアバウト(環状交差点)となっていました。ところがひさしぶりに訪れると、ラウンドアバウトの南側が人のための広場に姿を変え、交差点は信号制御に変わり、広場を取り巻くように自転車レーンが用意されていました。人と自転車を優先した空間づくりというメッセージが伝わってきました。

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これ以外にもシャンゼリゼ通りをはじめ、多くの道に自転車レーンが整備されていました。そして自転車の数も、4年前より明らかに増えていました。ここまで急ピッチで自転車の走行空間が増え、逆に自動車のそれが減ったことで、自転車で移動しようと考える人が増えたのでしょう。そしてリヴォリ通りの広いレーンは、パリが自転車推進都市であることを世界にアピールする象徴になっていると感じました。

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パリの中心部は建物が密集していて、新たに道路を作るのは困難です。そこで道路や広場の再配分を選んだのでしょうが、注目したいのは手法が大胆なことです。自動車利用者からの不満はあるでしょう。日本の多くの都市はその点に配慮しそうです。でも移動そのものを否定しているわけではなく、時代に合った移動環境を提供しているのです。そこには「未来のパリをこうしたい」という行政の明確なビジョンを感じます。パリがいつ訪れても新鮮に感じる理由のひとつは、ここにあると思いました。

北関東の2つの県庁所在地、栃木県宇都宮市と群馬県前橋市に行きました。宇都宮市は昨年5月、前橋市は3月以来なので、ともに約1年半ぶりでした。訪問の理由は取材で、成果はインターネットメディア「レスポンス」の有料会員記事として先月から連載を始めさせていただいた「MaaSがもたらす都市変革」の第3回として、今週記事を公開しました。

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興味がある方はお手数ですが、会員登録をしていただいたうえでお読みいただければと思います。そこでも書いたように、LRTの開業を来年夏に控えた宇都宮市が、公共交通を軸とした自治体主導のまちづくりを順調に進めているのに対し、前橋市ではそれとは違うアプローチが実を結びつつあります。個人的により印象的だったのは、前橋市のほうでした。

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多くの地方都市がそうであるように、前橋市も中心市街地の衰退が目立っていました。それを目にして動いたのが同市で生まれた、メガネブランドのJINSで知られるジンズホールディングス代表取締役の田中仁氏です。前橋再生のために個人財団を設立すると、市と連携し、ドイツのコンサルティング企業を入れて「前橋ビジョン」を策定。これにやはり同市出身のコピーライター糸井重里氏が、コンセプトワード「めぶく。」を与えました。



プロジェクトを象徴しているのが、江戸時代に創業した老舗でありながら2008年に廃業した老舗旅館をリノベーションし、2020年にオープンした「白井屋ホテル」です。再生を担当したのは建築家の藤本壮介氏。国道50号線に面した従来の建物は内部を吹き抜けとするなど大胆にリノベーションしたヘリテージタワーとし、小川が流れる反対側は高低差を生かした丘のようなグリーンタワーを新設しています。

客室にはジャスパー・モリソンをはじめ、世界的に著名なクリエイターが手がけた部屋も用意されています。地元食材を新しい感性とともに提供するレストラン、圧倒的な吹き抜けが満喫できるラウンジ、鉄骨に沿って幾何学的なラインを描くライティングパイプなど、それ以外の仕立てもこだわりがあふれていて、泊まれる美術館と言いたくなるほど素敵な空間でした。

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さらに近くにある中央通り商店街の空き家は一部がリノベーションされ、米国ポートランド生まれのパスタ店などが開店しており、白井屋ホテルには大都市以外で唯一の常設店となるブルーボトルコーヒーが出店。閉店した百貨店をリノベーションして市が2013年にオープンした芸術文化支援施設「アーツ前橋」も近く、多彩な文化を歩きながら体感できる場になっていました。

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白井屋ホテルはJR両毛線前橋駅から1km弱。健脚な人なら歩いていけそうですが、最近になって公共交通も使いやすくなりました。前橋市は今年4月、熊本市と岡山市に続き、地域公共交通における独占禁止法の適用除外を活用した共同経営を導入。JR駅から中心市街地を経由して群馬県庁や前橋市役所に行く区間について、バス事業者6社が協定を締結して市とともにダイヤを調整し、最大15分間隔の等間隔運行を開始したからです。

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民間主導の地方創生でありながらハコモノに頼ることなく、アートやデザインに目を向けたところは、今の空気感に合っており、爽やかで心地良く、萩原朔太郎などを生んだこの地らしいと感じました。バスの共同経営などを進める行政との役割分担も絶妙です。平日の日中でありながら若い人たちが白井屋ホテルなどを訪れているシーンを見て、「めぶく。」という言葉どおりの状況になっていることが確認できました。

ひさしぶりに名古屋で時間が取れたので、以前から気になっていた名古屋市交通局の基幹バスを利用してみました。基幹バスとは同市が市電の廃止を受け、代替交通手段として地下鉄とともに考えたもので、今から40年前の1982年に走りはじめました。バスに鉄道並みの定時性や速達性をもたらすべく、バス専用レーンを用意し、停留所の間隔も長くしたものです。

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つまり考え方としては、世界各地で普及が進んでいるBRT(バス高速輸送システム)に近いものです。ブラジルのクリチバで世界初のBRTが走りはじめたのは1974年であり、日本で最初にBRTの名を冠したと思われるJR東日本(東日本旅客鉄道)気仙沼線BRTが運行を始めたのは東日本大震災翌年の2012年ですから、驚くほど先進的な取り組みであったことがわかります。

計画段階では数路線が考えられていたようですが、現在運行しているのは2路線。それ以外に昔紹介した名古屋ガイドウェイバスも、基幹バスのひとつとして計画されたものだそうです。私が利用したのは基幹2系統で、LRTのように道路の中央にバスが走る、海外で目にしたBRTに限りなく近い光景です。市営バスだけでなく名鉄バスも基幹バスを走らせており、鉄道で言えば乗り入れをしているような状況です。

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乗ってみると、確かに通常の路線バスよりスピードが速く、停留所も少ないので、予想以上に早く目的地に着くことができました。にもかかわらず運賃は他の市営バスと同じなので、お得な感じがしました。地下鉄と違って地上を走るので、LRTと同じように上下移動なくアクセスができます。高齢者や子ども連れの利用者など、ありがたいと思う人が多いでしょう。

しかしながら日本国内で、このような交通システムを採用しているのは名古屋市ぐらいです。日本の多くのBRTは、連節バスを走らせ、停留所の間隔を空けたものという誤った解釈が目立っており、専用レーンを用意したものは前述の気仙沼線のように鉄道の廃線跡を使用したものが多く、道路の一部をレーンとして運行しているものはなかなか思い浮かびません。

だからでしょう、地元以外の人にとっては奇異に移るようです。先日も東京のテレビ局が、「ややこしい道路」というテーマのネタのひとつとして紹介していました。最初は公共交通を軽視した内容だと感じていましたが、番組を見ていくうちに、基幹バスのレーンがバス専用となるのは朝夕のラッシュ時だけで、それ以外の時間は一般車両が走れることも問題だと考えるようになりました。

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自分が名古屋市内を運転したのは数えるほどでもあり、基幹バスレーンに入ろうかどうか戸惑います。しかし海外でよく見るBRTでは、そういう印象を受けません。理由は常時バス専用レーンであり、一般車道の間を縁石などでしっかり区切っているところが多いからです。つまりLRTの電車をバスに置き換えたような感じです。これなら戸惑うことはありません。

名古屋市が基幹バスをどう考えているかによりますが、個人的には海外のように常時専用レーンにして、一般レーンとの間を明確に分ければ、LRTにおける富山のような、日本を代表する都市型BRTになれると考えています。名古屋という大都市で良いサンプルが生まれれば、当然ながら注目度は高く、それをお手本にして他の都市も追随することが期待できます。

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名古屋市は広い道幅を生かして歩道を広く取り、自転車レーンを充実させるなど、道路整備で言えば好ましいシーンを各所で目にします。環境問題やエネルギー問題などを考えれば、40年にわたり親しまれてきた基幹バスもブラッシュアップさせ、日本初の本格的都市型BRTに発展させてほしいと思いますし、基幹バスにはそのポテンシャルがあると感じています。

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