THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

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先週のブログでも触れた日本福祉のまちづくり学会全国大会では、パリパラリンピック期間中だったこともあって、「Parasports Challenge!(パラスポーツチャレンジ)」というイベントが併催されました。全国大会とは違い参加無料、事前申込不要で、週末でもあったので多くの人が訪れていました。

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北海道科学大学の体育館内に用意されたのは、義足ラン、車いすバスケット、シットクロスカントリースキー、ゴールボール、ウェルチェア・スキルズ、ボッチャの6つで、すべて体験可能でした。このうち私は、チェアスキルと呼ばれることも多いウィルチェア・スキルズを体験しました。手動タイプの車いすでスラロームやスロープ、段差などをクリアしていくというものです。

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これまで車いすに乗ったのは平坦地の直線路だけだったので、想像以上の発見がありました。どうやら私は新しい乗り物に対する適応力が高いようで、スラロームはすぐにできるようになり、サポートの人から褒められましたが、スロープや段差は難儀しました。どちらも普段歩いているときは意識しないレベルでしたが、車いすでクリアしようとすると、とても大変なのです。

サポートの人から教えられたのは、荷重移動です。スロープの登りでは上体を前傾させ、降りるときは逆に後傾させるのです。それでも登りはそれなりの力が必要で、降りるときは逆にハンドリムを押さえてスピードが出ないようにする必要がありました。段差の登りは瞬間的に荷重を前から後ろに移動することでキャスター(前輪)を浮かせ、その後は前傾しながら勢いをつけて、腰を浮かせるようにして後輪を段差の上に乗せていく感じです。

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モーターサイクルのトライアルに似ていると思いました。昔トライアルの真似事をしていたことがあるので、すぐに操ることができたのかもしれません。それとともに、パラスポーツで車いすを使う競技が多数あるのは、車いすを操ることもスポーツであるためだと思いました。欧州ではこのような、健常者向けにチェアスキルを体験してもらう機会があるそうです。車いすが特別な乗り物ではないことを伝え、親しみを持ってもらうために、良い取り組みだと感じました。

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東京に戻った週には、このブログで何度も紹介しているWHILLの新製品「Model R」の発表会があったので、こちらにも乗りました。今はWHILLのような電動車いすやシニアカーが多数出ているので、快適な移動を求める人はこれらがお薦めです。デジタル技術を活用したバッテリー残量やお出かけ履歴などのチェック機能も魅力です。でもそれによって、手動の車いすの存在価値がなくなったわけではないことが、今回わかりました。価値あるイベントでした。

先週末は私が所属している「日本福祉のまちづくり学会」全国大会で北海道に行ってきました。毎回研究発表をさせていただいていて、今回は4月に体験しに行った石川県小松市のライドシェアをテーマとしましたが、ここで困ったことが起こりました。原稿を提出した6月初めからここまでの間に、日本のライドシェアを取り巻く状況がガラッと変わってしまったからです。

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最大の動きは7月、国土交通省に「交通空白」解消本部が設置され、一部の自治体やメディアが使っていた、自家用有償旅客運送発展型の「自治体ライドシェア」に代わる名称として、「公共ライドシェア」が登場したことです。同本部ではタクシー、乗合タクシー、ライドシェアなどを地域住民や来訪者が使えない「交通空白」の解消に向けて早急に対応していく組織としており、公共ライドシェアは「日本版ライドシェア(自家用車活用事業)」と並立するものと定義しています。

多くのメディアが日本版ライドシェアばかりを紹介し、これまで傍流どころか無視に近い扱いをされてきた自家用有償旅客運送発展型ライドシェアについて、政府が公共ライドシェアという看板を掲げ、導入支援を進めると明言したのは大きな転機であり、このブログなどで日本のライドシェアは2種類あると説明してきたひとりとして、喜ばしく思います。

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国土交通省「交通空白」解消本部オフィシャルサイトはこちら

公共ライドシェアの確立は、当初6月を目処としていた、日本版ライドシェアへのタクシー事業者以外の参入が、タクシー業界の反対で延期されたことへの反動だと思っています。実は小松市などが関わる「活力ある地方を創る首長の会」から生まれた自治体ライドシェア研究会は、4月に一般社団法人全国自治体ライドシェア連絡協議会に発展し、政府と協力・連携して公共ライドシェアの導入に取り組んでいくとしていました。この動きは大きかったと感じています。

一連の動きに対応する民間事業者もあります。たとえば日野自動車は昨年7月、自家用有償旅客運送向けの遠隔運行管理受託サービスを鳥取県智頭町で導入しており、続いて今年7月からは、小松市と智頭町、兵庫県朝来市で、通信型ドライブレコーダーを用いた運行管理業務の実証実験を開始しています。ドライブレコーダーのデータを用いて事故やトラブルの記録し、日報の作成も可能で、安心・安全な運行をサポートしていくとしています。

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日野自動車のニュースリリースはこちら

一方日本版ライドシェアでは、国内最大のカーシェアリング事業者であるパーク24グループのタイムズモビリティが、Uberのパートナーである法人タクシー事業者ロイヤルリムジンとともに、カーシェア車両を活用したライ ドシェアの試験運用を東京都内で開始すると発表しました。カーシェア車両によるライドシェアは日本初になります。自家用車を所有していない人、あっても使える時間に制限がある、所有車が条件に合わないなどの場合でもライドシェアに参加できます。

その日本版ライドシェアでは、7月から曜日や時間帯に加えて、雨天や酷暑時にも稼働可能となりましたが、実際はアプリの未対応やドライバー不足により、運行実績ゼロのタクシー事業者が多いというニュースもあります。一方の公共ライドシェアでは、タクシーに空車がない場合に限りライドシェアを配車する「タクシー優先配車」を、10月から導入するとしています。この場合、料金はタクシーと同額になるとのことです。

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パーク24のニュースリリースはこちら

日時だけでなく天候まで細かくルールを定めた日本版ライドシェアと、タクシー優先配車というシンプルな手法を考えた公共ライドシェア。日本らしいのは間違いなく前者ですが、移動のニーズにリニアに応えられるのは後者でしょう。ドライバーにとっても昨今の天候より、タクシーが足りなくなるタイミングのほうが読みやすいはずです。というかタクシーの運転手も、そのような感覚を研ぎ澄ませて運行をしていたはずで、この種のモビリティサービスには必須の技術ではないでしょうか。

いずれにしても国の方針で、我が国のライドシェアは日本版ライドシェアと公共ライドシェアという2つのルールが確立されたことになります。理想を言えばひとつにまとめたほうがわかりやすいですが、まちづくりのなかでこの種のモビリティサービスを入れる際には、2つの手法を選べるようになったわけで、敷居は下がったし裾野は広がったと言えるでしょう。今後も動向に注目していきたいと考えています。

このブログでも何度か取り上げてきた芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)が、今週月曜日に開業1周年を迎えました。ニュースで報じられているように、利用者数は当初の予測を約2割上回っており、しかも今年7月の利用者数が過去最高だったそうです。4月以降は開業直後だった昨年9月の利用者数を超え続けており、乗る人が増え続けていることがわかります。

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私が今年乗ったのは6月の週末だけですが、宇都宮駅東口からショッピングモールがある宇都宮大学陽東キャンパス停留場までは座れない人もおり、公共交通として定着していることが確認できました。10年以上前からこのプロジェクトを見てきたひとりとしては、たしかに開業までの紆余曲折はありましたが、拙速に進めなかったからこそ、成功を収めたのではないかと思いました。

宇都宮市が東西の交通軸を考えたのは、今から30年も前のことです。しかしその後、県知事が変わると動きがストップしたりしました。県知事も市長も推進派になり、2013年に芳賀町を交えて本格的な検討委員会が設置され、市役所にはLRTのための部署ができたものの、その後も市長選挙で反対派の候補が僅差まで肉薄したことがありました。

LRTがJR東日本宇都宮駅の東側から整備した理由のひとつに、同市東側から芳賀町にかけて広がる工業団地に向かうマイカーによる交通渋滞がありました。当初はこれを解消することが最大の目的でした。逆方向、つまり朝宇都宮駅に向かう利用者はあまり期待していないという説明でした。それが明るみに出て、多くの市民に関係ない路線に多額の税金が使われると捉える人が多くなったことが、思うように進展しなかった理由のひとつだと思っています。

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そこで市では、市民路線であることを強調するプロモーションを始めました。シンボルカラーのイエローを使い、駅のポスター、ホームページなどで、LRT整備の理由から費用まで、丁寧に市民に説明しました。そのうちに工事が始まり、車両が披露され、市民にも形が見えるようになったことで、徐々に理解度が高まっていったと感じています。

つまり予想以上の利用者を記録し、それが今も増加を続けているというのは、工場への通勤者をメインとした、もともと計算できていた数字に、プロモーションなどによって新たに興味を持った市民の移動がプラスされ、後者の数がLRTへの理解とともに少しずつ増えてきているのではないかと解釈しています。

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1周年に際しては、沿線人口や商業施設の来店客数の増加などが報告されています。中でも象徴的なのは3年前、宇都宮市で26年ぶりの小学校開校になった、ゆいの杜小学校でしょう。市が発表した今年5月現在の児童数は850人を超え、市内最大の小学校に成長しました。宇都宮市ではライトラインが、少子化対策や子育て政策にもなっているということになります。

とはいえ良いニュースばかりというわけではありません。現金利用者による電車の遅延は最近は目立たなくなりましたが、トランジットセンターで連絡するバスの本数が少ないうえに、電車が遅れると(LRTは道路の信号に従って交差点を通行するので多少の遅れは出ます)接続がうまく行かないという不満が寄せられています。

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LRTとバスの連絡については、富山ライトレール(現在は富山地方鉄道)富山港線のフィーダーバスの紹介をしたことがあります。あちらは電車とバスを同じ事業者が運行しているので、本数が多く接続がスムーズということもあるでしょう。トランジットセンターで連絡するバスについては、コミュニティバスのように市が運営すれば、融通が効くかもしれません。

今後について宇都宮市では、JR宇都宮駅から西側に約5キロ延伸する西側ルートを、2030年代前半に開業したいとしています。現地に行ったことがある人ならわかると思いますが、宇都宮市の中心部はこのあたりで、栃木県庁や市役所、オリオン通りと呼ばれるアーケード、東武宇都宮駅などがあります。いずれもJRの駅から歩くにはやや距離があるので、LRTで行けると助かるという人は多いはずです。

それとともに気になるのは、いままでもプロジェクトを揺るがしてきた政治、具体的に言えば選挙ですが、最近はこれまで反対候補を擁立してきた組織も車両基地を見学するなどしているようです。新たに小学校が生まれ、そこが市内最大になるような効果をもたらしたLRTにただ反対するというのは、難しいと考えはじめているのかもしれません。

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だからこそ今後は、今あるトランジットセンターなどの不満点を丁寧に解決しつつ、西側延伸をまちづくりとしてどう生かすか、という方向に論争をシフトしていってほしいものです。それが本来の政治であり、まちづくりではないかと思っています。

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