THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

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新潟県にある「佐渡島の金山」の登録が今日決定したユネスコの世界遺産。今回のテーマは1993年、白神山地とともに日本初の世界自然遺産に登録された屋久島です。今月18日、ここに韓国ヒョンデの電気バスが導入されることになり、基本合意書締結式がありました。その場にいた私は、なぜ屋久島に韓国製電気バスが導入されたかという背景について、自動車専門ウェブメディア「オートカージャパン」で記事を書かせていただきました。

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屋久島は10年前に一度行ったきりですが、その頃から発電の99%以上を水力で賄っており、公用車にも電気自動車が導入されていることに驚いた覚えがあります。なので電気バスの導入は納得できることですが、現地でバスを走らせる岩崎産業が韓国製を選んだ経緯について口にした、「日本車があれば選んだが用途に合った車両がなかった」という言葉は、別の意味で印象に残りました。

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記事にも書きましたが、現在販売されている日本の自動車会社の電気バスは、5月に発売されたばかりのいすゞ自動車「エレガEV」のみで、全長10m以上の大型路線バスです。日本のバス会社としてはEVモーターズジャパンもあり、開発は日本で行っているとのことですが、生産は中国メーカーが担当しています。

個人的には中国BYDの電気バスに、アドバイザーを務める民間企業が関わっている長野県小諸市などで接していて信頼性や快適性は問題ないと思っていますが、岩崎産業では屋久島の道路状況を考えて中型を望んでおり、以前からヒョンデのバスの代理店を務めていて観光バス車両導入の経験もあるので、今回の決定に至ったようです。



自家用車の世界では欧州などが推進してきたEV(電気自動車)シフトが停滞し、ハイブリッド車に人気が集まっています。でもそれは、好きなときに好きな場所に行ける自家用車の話です。路線バスは走行ルートも距離も決まっているので、EVの欠点である航続距離の短さや充電時間の長さは気になりません。むしろ静かで振動がなく、排気ガスを出さないというメリットは、乗客はもちろん沿道の住民にとっても歓迎できます。なので路線バスはEVに向いたカテゴリーのひとつだと思っています。

それに屋久島は離島なので長距離を走る必要はありませんが、最高峰は2000m近いので坂道は多くあります。ハイブリッド車の場合、上り坂はほぼエンジンを回しっぱなしになるので、ディーゼルエンジンのバスとほとんど変わりません。日本には離島以外にもこうした地形は数多くあり、そういう場所のほとんどは自然環境が魅力となっています。つまり電気バスがふさわしい地域は、けっこう多いのではないかという気がします。

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燃料電池バスであれば、2018年にトヨタ自動車が発売した「SORA」があります。しかしこちらもサイズが大型であるうえに、車両価格は電気バスの約2倍と言われ、水素ステーションの設置にも数億円かかります。屋久島は自動車の数そのものが少なく、小型で安価な車種が好まれるので、水素ステーションを用意したところで、無用の長物になるでしょう。私は東京でしかこのバスを見たことがありませんし、その東京でも最近は電気バスが参入しています。

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日本の自動車業界は、エネルギーに関してはマルチパスウェイ戦略を掲げています。であれば、燃料電池バスと電気バスを同時に出して、シーンに合わせて選んでもらうという体制は取ってほしかったところです。しかし実際はタイムラグが生じてしまい、その間にBYDをはじめとする外国製バスが上陸しています。技術はあるし需要もあるのに供給をしてこなかった状況を、歯がゆく思ったのでした。

先月初めのブログで、自家用有償旅客運送制度を活用した小松市のライドシェアを取り上げた際に、タクシー会社が運営主体となるもうひとつのライドシェア、つまり自家用車活用事業(日本版ライドシェア)について、計画に動きがあったことを書きました。具体的には、当初は6月をめどとしていたタクシー事業者以外の参入解禁について、タクシー業界から不満が根強く、解禁が延期になったということでした。

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これを受けての動きかどうかはわかりませんが、来年大阪・関西万博が開催される予定の大阪府で、ライドシェアアプリ会社や鉄道会社がタクシー会社の株式を取得して経営に乗り出すという動きが相次いでいます。

まずは今年1月にメルカリ出身者などによって設立されたライドシェアアプリ会社newmo(ニューモ)です。同社は3月に、岸和田交通グループの岸交に資本参加すると、7月にはタクシー車両約600台を保有する未来都(みらいと)の全発行済株式を取得し経営権を取得し、府内で第5位のタクシー事業者に浮上。今月12日には、前述した岸交と共同で、大阪市などでライドシェアの正式運行を開始しました。

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newmoのオフィシャルサイトはこちら

一方6月には大阪メトロが、タクシー業歴70年を超える老舗であり、日本交通グループ関西に属するナショナルタクシーの株式を取得し、ナショナルタクシー放出(はなてん)営業所を分割したうえで新会社にすると発表。会社名はOMタクシーになる予定で、すでに現在ドライバーの募集などを行っています。

2つの会社の目的は異なります。newmoは岸交への資本参加ではライドシェア事業の開始を表明し、未来都の経営権取得ではIT技術を活用したタクシー会社の経営効率化を目指すとしています。オフィシャルサイトでは今後もタクシー会社との提携や営業・開発拠点の開設を進め、2025年度中に全国主要地域での展開、タクシー車両数3000台を目指すとしています。3000台というのは、現在の日本のタクシー会社で第5位に近い数字であり、かなり高い目標であることがわかります。

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OMタクシーのオフィシャルサイトはこちら

ライドシェアに対するタクシー業界の反対が根強く、他の業界の参入が難しいという現状で、それでもライドシェアに参入するために、自分たちがタクシー会社になるという方法を選んだのかもしれません。もちろん彼らはタクシーの経験がほとんどありませんが、現場で働く人たちの多くは以前からタクシー業界にいた人たちであり、そこに経営陣が以前在籍していたメルカリでのアプリ経験が融合すれば、素晴らしいサービスになる可能性があります。

これに対して大阪メトロは、グループ内に大阪シティバスを持つほか、オンデマンドバスも運行しており、これらを使ったシームレスな移動を提供すべく、都市型MaaS「e METRO」を推進しています。ここに移動の自由度が高いタクシーが加わることで、移動ニーズに応じた最適な移動手段を提供できると表明しています。欧州の都市型MaaSでは一般的なオールインワンの形に近づいていると好感を抱いています。自分自身、バスにするかタクシーにするか迷うことはあるので、配車を含めて時間と運賃を比較できれば便利になりそうです。

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2つの事例から伝わってくるのは、資本参加や株式取得という手法を取らなければ、タクシー業界の改革をしていくのは難しいというメッセージです。東京23区内はともかく、地方は経営体力に余裕がないタクシー会社が多いので、newmoのような組織が関わることでブラッシュアップしていくことは、好ましい結果をもたらすのではないかと思っています。

栃木県の芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)が来月、開業1周年を迎えます。それを前に宇都宮市の広報紙で、開業1周年イベントの告知などとともに、沿線人口の増加や地価上昇、市民の歩数増加による医療費抑制などの効果が紹介されています。6月に開催された「第38回芳賀・宇都宮基幹公共交通検討委員会」の資料から抜粋したもので、膨大な資料から要点を的確に抽出してあって感心しました。

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とはいえ似たような事例は他にもあります。そのひとつが日本初の本格的LRT「富山ライトレール」として注目され、現在は富山地方鉄道の路線となっている富山市の富山港線です。私は2011年に「富山から拡がる交通革命」(交通新聞社)執筆のために現地を訪れたとき、LRT転換によって利用者が約2.5倍になっただけでなく、沿線500m圏内の建築物着工件数が増加しているなど、さまざまな分野でLRT化の効果が出ているという資料を出していただき、納得した記憶があります。

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「広報うつのみや2024年7月号」の紹介ページはこちら

その富山港線が今月、富岩鉄道として開業してから100周年を迎えるので、LRTに転換した経緯などを「東洋経済オンライン」にまとめました。そこでも書きましたが、富山港線にとっての大きな動きとしては、2020年にJR西日本・あいの風とやま鉄道の富山駅の真下で南側を走る富山地方鉄道富山軌道線(市内電車)と接続され、直通運転が始まったこともあります。その後の変化を知りたいと思ったので富山地方鉄道の方に尋ねたところ、ここでも富山市の資料を出されました。

富山市のオフィシャルサイトを覗くと「路面電車南北接続事業」というページがあり、整備効果について「開業後3年間の総括」と「路面電車南北接続による効果について」という2つの資料があります。グラフィカルで見やすい後者を一部紹介しますが、新型コロナウイルス流行前の2019年と3年後の2022年を比較して、路線別の利用者、南北を跨いだ利用者、交通手段の変化、沿線の居住人口の変化など、幅広い分野の数字を出すことで南北接続の効果を解説しており、とても説得力があります。

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芳賀・宇都宮LRTは、全車低床車両と段差のない停留場によるバリアフリー設計、車両からインフラに至るまでのトータルデザイン、快適性を高めるインファンド工法の採用など、富山ライトレールから継承されたハードウェアが多いですが、コミュニケーションについても参考にしたのではないかと感じます。ここで紹介した資料のように、利用状況をさまざまな角度から分析し、多くの人にわかりやすい内容として伝える手法は、しっかり芳賀・宇都宮LRTに引き継がれていると感じます。
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富山市路面電車南北接続事業のページはこちら

もうひとつ注目してほしいのは、2つの資料がともに運行事業者ではなく、自治体から出されていることです。LRTはそれ自体を導入することが目的ではなく、まちづくりのためのツールのひとつであり、その効果を示すには路線の利用者だけでなく、沿線の居住者や就業者数などを同時に示していくことが大事です。それが多くの人に、LRTという新しいモビリティサービスが持つ真の意味を、わかりやすく伝えることになるのではないでしょうか。



近年、日本の多くの路面電車の路線で、低床車両の導入や停留場のバリアフリー化が進んでおり、デザイン面でも洗練された車両や停留場を目にするようになりました。もちろんこうしたブラッシュアップも大事ですが、それによって得られた効果を利用者にわかりやすく伝えていくという「もうひとつの見える化」も大事であることを、先駆者である冨山や昨年走り始めた宇都宮から教えられました。

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