2002年に合併前の旧富山市長選挙で初当選して以来、合併後を合わせて19年間、市政を司ってきた森雅志氏が23日に退任しました。私は2011年、「富山から拡がる交通革命」(交通新聞社新書)の取材のために富山を訪れ、前市長を直接取材して以来、ほぼ毎年現地を訪れ、進展を見てきました。そうした立場から、19年間の足跡をここで振り返りたいと思います。
森前市長というと、就任翌年に「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」を掲げ、廃止が議論されていたJR西日本富山港線を国内初の本格的 LRTとして生まれ変わらせ、まちなかのにぎわい創出のために市内電車環状線を復活させるなど、公共交通の実績が取り上げられがちですが、それはまちづくりのための手段であり、LRTを走らせることが目的ではなかったことは、改めて記しておく必要があります。
それよりも評価したいのは、まちづくりに経営の考え方を取り入れたことです。具体的には中心市街地の公共交通を整備し、沿線に文化施設や商業施設、集合住宅を建設し、広場や公園なども用意してまちなか移住を誘致し、資産価値を向上させて税収増につなげ、それを郊外に分配していく手法です。富山県の面積の約3割、人口の約4割を占める広大な地方都市にふさわしい運営だと思います。
その結果、かつては減少の一途だった都心の一部で人口が反転し、富山県の多くの自治体で地価下落が続く中、富山市の地価は5年連続で増加。税収は2003年度の552億円から15年後の2018年度は749億円へ増加しています。たしかに公共交通への投資は巨額で、そこだけを取り上げて批判する人もいますが、まちなか居住の進展や税収増という結果は出ているわけで、長い目で見て判断すべきだと考えています。
2011年の取材は、自分の進む道をも変えました。ひとつは外国が良くて日本はダメという論調からの脱却です。コロナ禍でもそうですが、こういう論調はウケます。しかし富山市のように実績を出している地域には失礼であり、そもそも日本にとってあまり役に立ちません。富山市の取材を経験して、日本の素晴らしい事例を積極的に発信しようと努めるようになりました。
森前市長というと、就任翌年に「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」を掲げ、廃止が議論されていたJR西日本富山港線を国内初の本格的 LRTとして生まれ変わらせ、まちなかのにぎわい創出のために市内電車環状線を復活させるなど、公共交通の実績が取り上げられがちですが、それはまちづくりのための手段であり、LRTを走らせることが目的ではなかったことは、改めて記しておく必要があります。
それよりも評価したいのは、まちづくりに経営の考え方を取り入れたことです。具体的には中心市街地の公共交通を整備し、沿線に文化施設や商業施設、集合住宅を建設し、広場や公園なども用意してまちなか移住を誘致し、資産価値を向上させて税収増につなげ、それを郊外に分配していく手法です。富山県の面積の約3割、人口の約4割を占める広大な地方都市にふさわしい運営だと思います。
その結果、かつては減少の一途だった都心の一部で人口が反転し、富山県の多くの自治体で地価下落が続く中、富山市の地価は5年連続で増加。税収は2003年度の552億円から15年後の2018年度は749億円へ増加しています。たしかに公共交通への投資は巨額で、そこだけを取り上げて批判する人もいますが、まちなか居住の進展や税収増という結果は出ているわけで、長い目で見て判断すべきだと考えています。
2011年の取材は、自分の進む道をも変えました。ひとつは外国が良くて日本はダメという論調からの脱却です。コロナ禍でもそうですが、こういう論調はウケます。しかし富山市のように実績を出している地域には失礼であり、そもそも日本にとってあまり役に立ちません。富山市の取材を経験して、日本の素晴らしい事例を積極的に発信しようと努めるようになりました。
もうひとつは、東京の目で地方を褒めることです。地方を訪ねて感じるのは、自分たちの土地の良さに気づいていない人が多いことです。そして東京には敵わないと口にします。しかし東京で生まれ、今も東京に住む自分から見れば、悪いところは数え切れないほどあります。その一部がコロナ禍で露呈しています。なので地方に移住したりせず、東京人として地方の良さを伝え続けることにしました。
富山市の公共交通整備は、昨年春の路面電車南北接続による直通運転開始で一段落した感があります。前市長も当時のそのような発言をしており、同年夏に次の市長選に出馬しないことを宣言し、今回に至りました。では富山市のまちづくりも一段落なのでしょうか。先月、富山市役所で取材をすると、新たな一歩を踏み出そうとしていることがわかりました。
ひとことで言えば、LRTに代表されるハードウェアから、ソフトウェアへ重点を移しつつありますす。2004年から発行している、高齢者が公共交通をお得に利用できる「おでかけ定期券」に続き、2018年度には「歩くライフスタイル戦略」を策定。その一環とスマートフォンアプリの「とほ活(富山を歩く生活という意味)」を導入するなど新しい取り組みを始めているのです。
こうしたソフトウェア政策を担っているのが、若手中堅職員です。前市長が旗振り役となって始めたまちづくりの精神が、職員たちに浸透し、発展していることを感じました。今後は先日行われた市長選で初当選した藤井裕久氏が、市政のかじ取りを担うことになりますが、これからも富山市のまちづくりには注目していきたいと思っています。
富山市の公共交通整備は、昨年春の路面電車南北接続による直通運転開始で一段落した感があります。前市長も当時のそのような発言をしており、同年夏に次の市長選に出馬しないことを宣言し、今回に至りました。では富山市のまちづくりも一段落なのでしょうか。先月、富山市役所で取材をすると、新たな一歩を踏み出そうとしていることがわかりました。
ひとことで言えば、LRTに代表されるハードウェアから、ソフトウェアへ重点を移しつつありますす。2004年から発行している、高齢者が公共交通をお得に利用できる「おでかけ定期券」に続き、2018年度には「歩くライフスタイル戦略」を策定。その一環とスマートフォンアプリの「とほ活(富山を歩く生活という意味)」を導入するなど新しい取り組みを始めているのです。
こうしたソフトウェア政策を担っているのが、若手中堅職員です。前市長が旗振り役となって始めたまちづくりの精神が、職員たちに浸透し、発展していることを感じました。今後は先日行われた市長選で初当選した藤井裕久氏が、市政のかじ取りを担うことになりますが、これからも富山市のまちづくりには注目していきたいと思っています。