THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

2022年10月

ひさしぶりに都電に乗りました。仕事で伺う先が停留場の近くだったというのが理由です。学生時代は通学でたまに利用していましたが、その頃と比べると車両は新しくなり、静かで乗り心地が良くなったこと、相変わらず高齢者を中心に多くの人が利用していることなどが確認できました。それとともに、現在の名称である「東京さくらトラム」が気になりました。

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都電を運行する東京都交通局が荒川線の新しい名称を公募し、東京さくらトラムに決定したのは今から5年前の2017年のことです。「東京」と「トラム」を名前に入れることはあらかじめ決まっており、間に入る言葉を募集したというもので、もっとも得票数が多かったのが「さくら」だったそうです。これにともない、路線記号や停留場のナンバリングにはSAが与えられました。

しかし交通局の表記では、いまだにカッコ付きで都電荒川線を併記しています。さらに今回停留場で見かけたポスターは、東京都交通局主催のイベントのお知らせだったにもかかわらず、東京さくらトラムという表記はひとつだけなのに対し、荒川線という表記は 4つあるなど、浸透していないことを証明するような結果になっていました。

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なぜこのような状況になってしまったのでしょうか。そもそも日本の鉄道の路線名は、都市名や地域名を入れることが一般的だと、多くの人に認識されているからでしょう。しかもほとんどは呼びやすいように簡潔です。本来ある路線の一部だけを走る列車、複数の路線にまたがって走る列車でも、JR東日本(東日本旅客鉄道)の京浜東北線や宇都宮線のように、運転区間をわかりやすく示しています。

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中には地名を使わない路線名もあります。東京臨海新交通臨海線の愛称ゆりかもめはそのひとつです。ただこちらは当初からの名前だったこともあって、しっかり根付いており、会社名も東京臨海新交通からゆりかもめに変わっているほどです。

既存の路線に最近になって与えられた名称としては、東武鉄道の東武スカイツリーラインやアーバンパークラインがあります。前者は伊勢崎線の首都圏側の区間に用いられた名前で、伊勢崎駅は起点の浅草駅から100km以上離れているうえに、スカイツリーも場所の名前なのでまだ理解できますが、アーバンパークラインは東京さくらトラム同様、名前を見ただけではどこを走っているかわからず、路線名としては厳しいと感じています。

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欧米の鉄道路線は数字やアルファベットで簡潔に済ますのが一般的で、自動車の車種名もそういうものが多くなっています。こうした状況を考えると、日本は名前にこだわりを持つ人が多い国と言えるかもしれません。だからこそ命名は基本に忠実に、明瞭簡潔であってほしいものです。そして受け入れられなかった愛称は、潔く諦めることも、利用者のためではないかと思います。

今回はひさしぶりに趣味的な目で乗り物を取り上げたいと思います。今週日曜日にフランス車が集まる「フレンチブルーミーティング」にオーナーとして参加し、6日後の今日はヤマハ発動機のモーターサイクルが集まる「ヤマハモーターサイクルデー」を取材したからです。

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自動車や二輪車を趣味として捉えない人にとっては、このようなイベントが開かれる意味すらわからないかもしれません。しかし乗り物にはそもそも、乗って楽しむという側面があります。たとえば鉄道趣味には「乗り鉄」というジャンルがあります。加えて自動車や二輪車、自転車では自ら操る歓びも加わります。ゆえにいまなおデザインやメカニズムなどを含め、趣味の対象とする人が多くいます。

しかも大量に販売されている車種なら、情報に恵まれており、整備を行う場所も潤沢ですが、数が少ないとそうとも言えなくなります。2021年のデータで言えば、正規輸入のフランス車の新車販売台数はは全ブランドを合わせて約2.7万台で、ヤマハの原付(126cc以下)を除く台数は約3.1万台と、偶然にも近い数字ですが、このぐらいの台数になると、日本の道路を走る車両の中では少数派と言えるでしょう。

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よって自然とオーナーの結びつきが強まり、それがイベントに発展するのではないかと考えています。実際フレンチブルミーティングはそのような経緯で、1987年に始まりました。一方送り手の側からそういう場を用意したのが、2018年にスタートしたヤマハモーターサイクルデーです。新型コロナウイルス感染症の影響で、リアル開催はどちらも2019年以来3年ぶりとなりました。

こういう場で得られる情報は、趣味的な話題に留まりません。自分の愛車を安全快適に走らせるという知識も、ベテランのオーナーとの交流から得ることができます。最近はインターネットであらゆる情報を仕入れることが可能ですが、それらは玉石混淆です。そんな中で実際に同じ車種に乗る人の経験談は、なによりも信頼できる情報になるのです。

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イベントにはもうひとつ観光面での貢献もあります。フレンチブルーミーティングが長年行われてきた長野県の車山高原、ヤマハモーターサイクルデーが開催された山梨県のふじてんリゾートは、いずれもスキー場として有名であり、冬季には多くの人が詰めかけますが、それ以外は観光客はさほど多くありません。でもこうしたイベントを開催すれば、オフシーズンでも集客が可能になります。

今年のフレンチブルーミーティングでは、これまでメイン会場となっていた広いグランドが再開発のために使用不可となり、車山高原の他の駐車場を使いつつ、新たに愛知県蒲郡市のラグナシアにも会場を設け、3年前から行っていたオンラインを含めた3つの舞台を用意しました。このうち車山高原では今年も、車山高原観光協会や信州綜合開発観光が協力しています。宿泊だけではなく食事や買い物など、さまざまな部分で収入につながることを評価しているからではないかと思います。

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公共交通でも、蒸気機関車が牽引する臨時列車を走らせたり、車両基地を公開したりといった動きがあります。ここで紹介したフレンチブルーミーティングやヤマハモーターサイクルデーも、乗り物そのものの魅力を堪能するという点では一致しているのではないでしょうか。そして結果的にはそういう気持ちが、デザインの洗練や技術の進化に結びつくのではないかと期待しています。

東京の新橋と横浜の間に、日本で初めての鉄道が開業してから、昨日で150周年を迎えました。これを機に全国でさまざまなイベントが行われたようですが、一方で今年はJR西日本(西日本旅客鉄道)のローカル線に関する課題認識と情報開示をはじめ、今の鉄道が置かれる厳しい局面が表面化した年にもなりました。

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では今後の日本の鉄道はどうあるべきなのか。ひとつは以前のブログでも書きましたが、量から質への転換を進めてもらいたいと思っています。スピードやボリュームを価値とする時代は終わりつつあり、それよりも移動の豊かさに焦点を当ててほしいということです。

日本は世界的に見ても、乗ること自体が観光になる列車、使うこと自体が観光になる駅が多くあります。しかもそれらの多くは欧米風でもアジア風でもありません。前回のブログで紹介した前橋市の「白井屋ホテル」にも通じる、和の趣を感じるデザインです。そして今、私たちには良からぬ状況ではありますが円安が進み、日本入国時の水際対策が緩和されたことで、多くの外国人観光客が訪れています。

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日本人観光客も大事ですが、外国人のほうが、こうしたデザインはより新鮮に映るはずです。だからこそ、デザインそのものを磨き込んでいくとともに、それをプロモーションすることも大事になるでしょう。今はこうした素晴らしい体験を、インターネットを使って世界中に発信することができるからです。以前ここで取り上げた日光は、インスタグラムの活用で若い観光客が増えたそうです。

日本に足りない部分があるとすれば、欧州では復活の兆しがある夜行列車があります。現在多くの人が夜間の長距離移動に使う夜行バスより確実に安全であり、高速移動でありながらシートベルトを装着せず、終始横になって過ごせるのは鉄道の特権です。日本の夜行列車は年々高価になり、それが客離れを招いたとも考えているので、ビジネスホテル相当の部屋も用意してほしいところです。

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もうひとつ注目しているのは物流です。環境負荷を最小限に抑えつつ大量の物を運ぶ。これは鉄道の得意技です。JRの幹線はもっと力を入れてほしいですし、同じ軌間(レールの幅)のJR以外の路線も積極活用したいところです。というのも欧米は日本より、はるかに貨物輸送が盛んだからです。鉄道は移動より物流のほうが似合うのではないかと思うほどです。日本は物流の9割をトラックに頼っていますが、環境負荷や運転手不足を考えればいち早くモーダルシフトを進めるべきでしょう。

そのためにはインフラの強化が必須です。日本の鉄道予算が道路に比べて驚くほど少ないことは前に紹介しました。自然災害は平等に訪れるわけで、当然ながら設計の古い鉄道は不利になります。インフラ維持という観点からも予算を厚くすべきでしょう。コロナ禍で旅客輸送が減少しているのに対し、物流は逆に増えているわけですから、これをトラックだけに負担させず物流全体で対応すべきです。

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もちろん大前提として選択と集中は必要だと思います。とりわけ最近は、既存のバスより小さな乗り物がいくつも登場しています。これらを使えば、より効率的なモビリティが提供できる可能性もあります。経営手法も多様になっています。上下分離方式に加え、独占禁止法特例法を活用した共同経営もいくつかの地域で導入しており、徳島県のように鉄道会社とバス会社の連携という事例も出てきました。

これ以外にMaaSなどもあるわけで、昔に比べると課題解決のための手法は飛躍的に増えていると感じています。しかし個人的には鉄道が本来持つ安全性や定時性、環境負荷が小さく大量輸送が可能という部分は、これからも不変の美点であり続けると思っています。日本のモビリティ全体を眺めた中で、この長所をいかに引き出していくかが、これからの鉄道運営で重要になると考えています。

北関東の2つの県庁所在地、栃木県宇都宮市と群馬県前橋市に行きました。宇都宮市は昨年5月、前橋市は3月以来なので、ともに約1年半ぶりでした。訪問の理由は取材で、成果はインターネットメディア「レスポンス」の有料会員記事として先月から連載を始めさせていただいた「MaaSがもたらす都市変革」の第3回として、今週記事を公開しました。

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興味がある方はお手数ですが、会員登録をしていただいたうえでお読みいただければと思います。そこでも書いたように、LRTの開業を来年夏に控えた宇都宮市が、公共交通を軸とした自治体主導のまちづくりを順調に進めているのに対し、前橋市ではそれとは違うアプローチが実を結びつつあります。個人的により印象的だったのは、前橋市のほうでした。

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多くの地方都市がそうであるように、前橋市も中心市街地の衰退が目立っていました。それを目にして動いたのが同市で生まれた、メガネブランドのJINSで知られるジンズホールディングス代表取締役の田中仁氏です。前橋再生のために個人財団を設立すると、市と連携し、ドイツのコンサルティング企業を入れて「前橋ビジョン」を策定。これにやはり同市出身のコピーライター糸井重里氏が、コンセプトワード「めぶく。」を与えました。



プロジェクトを象徴しているのが、江戸時代に創業した老舗でありながら2008年に廃業した老舗旅館をリノベーションし、2020年にオープンした「白井屋ホテル」です。再生を担当したのは建築家の藤本壮介氏。国道50号線に面した従来の建物は内部を吹き抜けとするなど大胆にリノベーションしたヘリテージタワーとし、小川が流れる反対側は高低差を生かした丘のようなグリーンタワーを新設しています。

客室にはジャスパー・モリソンをはじめ、世界的に著名なクリエイターが手がけた部屋も用意されています。地元食材を新しい感性とともに提供するレストラン、圧倒的な吹き抜けが満喫できるラウンジ、鉄骨に沿って幾何学的なラインを描くライティングパイプなど、それ以外の仕立てもこだわりがあふれていて、泊まれる美術館と言いたくなるほど素敵な空間でした。

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さらに近くにある中央通り商店街の空き家は一部がリノベーションされ、米国ポートランド生まれのパスタ店などが開店しており、白井屋ホテルには大都市以外で唯一の常設店となるブルーボトルコーヒーが出店。閉店した百貨店をリノベーションして市が2013年にオープンした芸術文化支援施設「アーツ前橋」も近く、多彩な文化を歩きながら体感できる場になっていました。

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白井屋ホテルはJR両毛線前橋駅から1km弱。健脚な人なら歩いていけそうですが、最近になって公共交通も使いやすくなりました。前橋市は今年4月、熊本市と岡山市に続き、地域公共交通における独占禁止法の適用除外を活用した共同経営を導入。JR駅から中心市街地を経由して群馬県庁や前橋市役所に行く区間について、バス事業者6社が協定を締結して市とともにダイヤを調整し、最大15分間隔の等間隔運行を開始したからです。

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民間主導の地方創生でありながらハコモノに頼ることなく、アートやデザインに目を向けたところは、今の空気感に合っており、爽やかで心地良く、萩原朔太郎などを生んだこの地らしいと感じました。バスの共同経営などを進める行政との役割分担も絶妙です。平日の日中でありながら若い人たちが白井屋ホテルなどを訪れているシーンを見て、「めぶく。」という言葉どおりの状況になっていることが確認できました。

このブログで名古屋市の基幹バスを取り上げた直後の9月7日、国土交通省が「道路空間を活用した地域公共交通(BRT)等の 導入に関するガイドライン」を策定しました。わが国におけるBRT(バス高速輸送システム)は、曖昧な解釈のまま導入事例が増えつつあり、わかりにくくなっていることも事実です。今回のガイドラインはその点を定義化したものであると期待し、目を通してみました。

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結果的にはとても残念な内容でした。ガイドラインではBRTの定義として、「走行空間、車両、運行管理等に様々な工夫を施すことにより、速達性、定時性、 輸送力について、従来のバスよりも高度な性能を発揮し、他の交通機関との接続性を高めるなど利用者に高い利便性を提供する次世代のバスシステム」としています。これだけ見た人は、国土交通省の定義なので納得するでしょう。しかしグローバルでのBRTの定義はかなり違います。

ITDPオフィシャルサイトのBRTページ

BRTにくわしい米国の研究団体ITDP(交通開発政策研究所)によると、BRTは高速、快適、費用対効果の高いサービスを大容量で提供する、バスをベースとした高品質の輸送システムとしており、専用レーン、他車の影響を受けにくいレーン配置、車外での運賃収受、他車の転回禁止などの交差点制御、バス停と車両の段差・隙間解消の5点をを挙げています。

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しかし国交省のガイドライン全体版では、BRTに求められる性能や構成要素は示しつつ、具体的な指針はありません。日本らしいと言えばそれまでですが、概要版は少しわかりやすくなっていて、現時点で国内に導入されている事例を4グループに分類し、専用走行空間、連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、高頻度・快速運行などの言葉が並んでいます。

国土交通省ウェブサイトのBRTガイドラインの説明

2つの内容を比べて気づいた人もいるでしょう。グローバルでは鉄道のような車外での運賃収受まで取り入れて速達性や定時性を追求しているのに対し、日本ではなぜかグローバルの定義にはない連節バスが入っています。連節バスはたしかに大量輸送を可能としますが、乗り降りに時間がかかるので、車外での運賃収受が重要になります。MaaSを使えば簡単に実現できますが、その点への言及は見当たりません。

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国交省のガイドラインには、国内のBRT導入箇所として28の実例が紹介してあります。大船渡線・気仙沼線BRTやひたちBRT、名古屋市基幹バスおよび名古屋ガイドウェイバスなど、このブログで紹介してきた好ましい例も入っていますが、一方で3分の2以上にあたる20の事例は連節バス導入となっており、バスレーンもPTPSもないのに連節バスがあることでリスト入りしているような事例が数多くあります。

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最初に書いたように、BRTはバス高速輸送システムの略であり、バスに鉄道並みの定時性や速達性を与えることが最大の目的です。連節バスの導入は二の次です。個人的にそれを実感したのが、バリ郊外を走るTVMという路線です。新交通システムの実験線をBRTに転用したもので、全ルートが専用レーンなので写真のように、道路が渋滞していても定時性・速達性を維持しています。これが本物のBRTの姿であることを、覚えておいてほしいと思います。

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