THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

2022年12月

2022年最後のブログになります。今年は新型コロナウイルス感染症対策の移動制限が緩和されつつあることもあり、私も久しぶりに海外に出たりしました。しかし公共交通の利用者は完全に回復してはおらず、厳しい状況が続いています。そんな中で最近、コロナ禍が始まった頃にここで提案した「量から質への転換」を具現化したような移動を体験できました。近畿日本鉄道(近鉄)が名古屋と大阪を結ぶ名阪特急として運行している「ひのとり」です。

IMG_8561

当日は大阪難波から東京の自宅に戻るつもりでした。通常は大阪メトロ御堂筋線で新大阪駅に向かい、東海道新幹線を利用するところです。しかし以前からひのとりが気になっていたので難波から乗車。名古屋で新幹線に乗り継ぐことにしました。

所要時間は地下鉄を含めても、新幹線のほうが1時間ほど短くなりますが、費用は普通車指定席で比べると、のぞみの3分の2ぐらいで収まります。速さを取るか安さをを取るかになりますが、それは快適性が同等な場合です。ひのとりには新幹線のグリーン車に相当するプレミアム車両がありますが、全区間乗っても900円。それでいて実際に利用すると、グリーン車以上だと感じました。

IMG_8052

フロアは高く、大きな窓のおかげもあり見晴らしは抜群。シートは2+1列なので、横方向もゆったりしていました。しかもすべてバックシェルで覆われており、後ろの人に気兼ねなく、かなりの角度までリクライニングできるうえに、オットマンも付いています。これらはすべて電動で、スイッチパネルはエアラインのビジネスクラスを思わせるものでした。華美ではないスマートなデザインも好印象でした。

IMG_8565

車内販売がないのは残念ですが、コーヒーやお菓子の自動販売機はあるので、必要に応じて食事を買い込んでいけば問題ないでしょう。さらに車内では、スマートフォンやタブレットなどで見ることができる雑誌と書籍要約の読み放題サービスも提供されています。デジタル技術を活用した今風のアメニティであり、新幹線より長い乗車時間を退屈せず過ごすことができました。

終点の名古屋に近づくと、車内照明がブルーになって到着を教えてくれます。東京へ戻るには乗り換える必要がありますが、新幹線へのアクセスは、名古屋鉄道(名鉄)や市営地下鉄より楽でした。後ろに座っていた親子連れはそれを知っていたのか、会話から察するに大阪から東京へ旅行に出かける予定だったにもかかわらず、ひのとりから新幹線への乗り継ぎを選んでいました。

IMG_8054

名古屋からののぞみは普通車だったこともあり、移動の質を重視したひのとりの魅力が、さらに印象に残るものとなりましたし、単調になりがちな長距離移動に、束の間の刺激と興奮を与えてくれました。機会があればまた、このような使い方をしたいと思いましたし、他の路線でもこのような列車が出てくることを望みます。

今年も当ブログをお読みいただきありがとうございました。次回の更新は2023年は1月7日となります。素敵なクリスマス、良いお年をお迎えください。

先月のブログで大阪府堺市の大蓮公園について書きました。あのときは南海電鉄から泉北高速鉄道に直通する列車に乗ったので、今年6月にここで取り上げた南海難波駅を再び使ったのですが、驚いたのは駅前広場が半年足らずの間に激変していたことです。以前は道路が広場を貫いていて、タクシー乗り場があったのに、先月訪れると広場がフェンスで囲まれ、車両進入禁止になっていました。

IMG_8408のコピー

難波駅周辺では地元の協議会が、この地域を歩行者空間にすべく取り組みを始めており、2015年に大阪市が加わって官民合同の検討会を設置してからは、社会実験なども実施しました。その結果、自動車中心の空間から人中心の空間に再編し、世界をひきつける観光拠点として上質で居心地の良い空間の創出を図るという方針が決まりました。今回はその第一段階として、自動車の通行禁止としたようです(下の写真が6月の状況です)。

IMG_6497のコピー

難波駅はターミナルが微妙に離れているので、この広場に接している南海と大阪メトロの2021年の乗降客数を出すと、南海は16万8395人、地下を走る大阪メトロは御堂筋線・千日前線・四つ橋線の合計で26万8203人です。合計すると40万人以上となるわけで、東京のターミナルでは新橋駅や品川駅(新幹線を除く)を上回ります。新橋駅や品川駅の駅前が歩行者専用になるようなものであり、タイトルに書いたとおり革命的な出来事だと思いました。

スクリーンショット 2022-12-18 0.02.23
大阪市:なんば駅周辺における空間再編推進事業

さらに大阪市は、キタ(梅田)とミナミ(難波)を結ぶメインストリート御堂筋の改革も進めています。こちらは2012年、道路管理が国から大阪市に移管されたのを契機に構想が始まり、社会実験やパブリックコメントなどを経て、御堂筋100周年となる2037年にフルモール化、つまり歩行者専用とする計画を掲げており、まず難波周辺の側道を歩道と自転車レーンに作り変えました。こちらも日本としては大胆な内容です。

IMG_8391のコピー

先月ひさびさに訪れたパリでは、以前は自動車道だったセーヌ川堤防内の道路が歩行者専用道路になっていました。そのときは、さすが欧州だと感心するとともに、自動車優先の傾向が根強い日本では、このような改革は難しいと感じました。それだけに直後に訪ねた大阪で、欧米に匹敵するウォーカブルシティの取り組みを目にして、日本もやればできるという前向きな気持ちをもらいました。

スクリーンショット 2022-12-18 0.03.07
大阪市「御堂筋将来ビジョン」

ここはやはり、地元の人たちの先見性と、自治体のリーダーシップを褒めるべきでしょう。3年後の2025年には大阪・関西で万国博覧会が開かれ、多くの人がこの地を訪れるはずです。その時には計画がさらに進展して、より具体的な姿を見ることができるでしょう。多くの人がその素晴らしさを体験し、自分の住むまちで実行しようという動きにつながることを期待します。

自転車のルール違反が相変わらず目立っており、事故も発生しているようです。こうした状況に対して警察でも先月から、「信号無視」「一時不停止」「右側通行」「徐行せずに歩道を走行」の4つについて、これまでは「警告」にとどめることが多かったものを積極的に「赤切符」を交付するなど、厳しい取り締まりを始めたそうです。そんな中、先月訪れた京都市では、一歩先行く対策が行われていました。

IMG_8334

自転車は車道を走る。これは日本を含めた多くの国で共通のルールです。なので自動車が増えて事故が目立つと、海外では自転車レーンの整備が進みました。ところが日本では、なぜか歩道通行を可能とするルールを1970年代に導入し、「自歩道」なる概念が生まれました。青い円の中に歩行者と自転車を描いた標識は、いまなお多くの道路で見かけます。つまりダブルスタンダード状態と言えるわけで、これがルール違反を引き起こす理由のひとつだと感じています。

京都市でも歩行者と自転車の接触事故が増えていたそうです。そこで一部の道路について自転車の通行を禁止しています。たとえば中心部を東西に貫く四条通では、歩道は終日、車道についても8〜21時は通行禁止としています。アーケードになっている新京極、飲食店が並ぶ先斗町のように、自転車も自動車も走れない、歩行者専用となっている道路もあります。

IMG_8370

さらに先月からは南北方向のメインストリートである烏丸通の今出川〜丸太町間などの区間について、もともと歩道が狭かったこともあり、試験的に自転車の歩道通行規制を始めました。私が烏丸通の区間を訪れたのは土曜日だったので、平日とは交通量が違っていたかもしれませんが、市民のへの周知はされているようで、多くの人が車道を自転車で通過していきました。

その結果今月16日、つまり来週金曜日から正式に、前述の区間で歩道の自転車走行が禁止されるようになるそうです。国のルールに基づいて自歩道として指定された道路を、地元の行政判断で国際ルールでもある本来の歩道に戻すというのは、注目すべき事例ではないかと思っています。

IMG_8322

もちろん現状では、当該区間は自転車レーンが整備されていないので、その面での不安は感じました。しかし市内を散策すると、広い道ではしっかり自転車レーンを確保しているところもありました。それに京都市は、以前ブログで紹介したように、四条通の車道を減らして歩道を広げるという、それまでの日本の道づくりからすれば画期的な改革を実現した自治体です。

京都は伝統を大切にする都市として広く知られていますが、一方で改革の気風にあふれたまちでもあると認識しています。そして一年を通じて多くの観光客が訪れます。先月訪問した際にも、外国人観光客が戻ってきていることを感じました。彼らの安心安全のためにも、そして日本の道路環境向上のためにも、京都の挑戦が全国に広がっていくことを期待します。

先月のブログでパリに行ったことを書きましたが、今回の渡航ではもうひとつ、フランス・ドイツ・ベルギーに囲まれた小国ルクセンブルクにも立ち寄りました。この国で2020年3月から、国全体の公共交通を誰でも無料で使えるという画期的な取り組みを始めていたことが理由です。

IMG.6394

これまでも無料公共交通を実施する都市に行ったことはありますが、国全体で実施しているのは初体験です。なぜルクセンブルクが無料化に踏み切ったかという理由、現地での公共交通の種類、自分がどのように移動したかなどについては、インターネットメディア「東洋経済オンライン」で記事にまとめましたので、気になる方はお読みください。



ここでは移動全体を通しての感想を綴ります。まず感じたのはシンプルであるということです。運賃の支払いがないだけでなく、トラムの電停は券売機はもちろん時刻表や路線図もないのですっきりしており、電車やバスの車内もチケットをチェックする機器はないので、多くの欧州都市同様広告がないことと相まってクリーンです。こうした部分は人件費を含めてコストダウンにも貢献しているはずです。

IMG_7915

MaaSも不要です。MaaSは経路検索とともに事前決済やサブスクメニューなどを用意して、シームレスな交通環境を提供することが目的ですが、そもそも運賃が無料なので事前決済もサブスクも意味を失います。経路検索は必要ですが、それはGoogleマップなどで賄うことができます。MaaSの書籍を複数出させていただいている私も、ルクセンブルク国内ではGoogleマップだけで十分でした。

無料化によって車両やインフラへの投資が滞っているようなことはありませんでした。国鉄の車両は年季が入っていましたが、トラムは開業が2017年ということもあって新しく、バスにはパンタグラフで充電する電気車両も導入されていました。中央駅の北隣にはトラムとの乗り換えを可能として、トラム沿線の新都心へのアクセスをスムーズにする国鉄の新駅が作られており、専用のケーブルカーまで用意してありました。

IMG.9842

もうひとつ感じたのは、移動がとても自由だということです。マイカーのドアtoドアの自由とは違う、無料なのでどこでも行こうという気持ちになる自由さです。ユネスコの世界遺産に登録された旧市街だけでなく、郊外のまちやニュータウンなど、空いた時間があれば出かけてみようというマインドになれました。公共交通などで時間を気にする必要はありますが、むしろ時間を忘れて移動を満喫できるという印象を持ちました。

欧州の公共交通は税金や補助金主体で運営し、収入に占める運賃の割合が少ないことは、このブログで何度も書いてきました。その究極の形がルクセンブルクです。私自身、移動や物流の事業者には相応の対価を支払うべきと考えますが、無料公共交通というのはビジョンそのものが異なると解釈しています。交通をごみ収集や除雪などと同じ、住民のためのサービスとして考えるというビジョンです。

IMG_7890

日本でも高齢者の公共交通を無料にする地域はありますが、これだけでは交通渋滞やそれによる環境悪化を食い止めることはできません。それでもマイカーが必要という人は、自分を含めて乗ればいいと思いますが、車両の購入や駐車場代、税金などに多額の金額を要することを考えると、無料公共交通になびく人は多そうです。実際に私がいた限り、交通渋滞で困っているというシーンは見かけませんでした。

IMG.7593

これも何度か書いてきましたが、日本の公共交通は多くが民間事業者で、運賃収入を原資とした運営がなされ、黒字か赤字かが大きな判断基準になっています。新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、公共交通の危機が叫ばれている原因のひとつはこのスタイルにあります。


IMG_7933

欧州のように、税金や補助金主体の運営に切り替え、住民サービスとしての公共交通に立ち位置を変えれば、無料化も難しくはないと考えています。それが子供から高齢者まであらゆる人の移動を支え、環境保護にも結びつきます。ルクセンブルク滞在でいちばん感じたのはやはり、日本の公共交通のビジョンそのものを変えなければいけないということでした。

このページのトップヘ