THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

2023年08月

芳賀・宇都宮LRTが今日開業しました。私は現場に行きませんでしたが、10年以上前から何度か現地に足を運び、国内外の状況を見てきた経験を踏まえたうえで、「鉄道ではなく、路面電車でもない、これがLRT」という表現が的確だと思っています。ちなみにこの言葉、長年にわたり広島電鉄に勤務し、現在は運行事業者である宇都宮ライトレール常務の中尾正俊氏が、以前お会いしたときにお聞きしたもので、共感したので使わせていただきました。

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軌道系公共交通を表す言葉としては、LRT以外に路面電車やトラムなどがあります。ただ路面電車は昔からある路線や車両がベースであり、欧州のトラムは新規路線もありますが、以前からある軌道をベースに車両や運営などをアップデートしたものも多数あります。これに対してLRTは、今の時代の都市型公共交通を考えたとき、既存の鉄道より小回りのきく軽量車両をひんぱんに、こまめに停車させながら走らせるという考えから出てきたもので、結果は似ていますが出発点は違うと思っています。

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LRTが英語であり、北米で生まれた概念であることは、以前もブログで紹介しました。日本以上のクルマ社会である北米で、行きすぎたクルマ社会によって生まれた課題に対処するために生まれた都市交通だと認識しています。ということもあり、自分が見てきた海外の事例の中では、MAXライトレールと名乗っている米国オレゴン州ポートランドのそれが、宇都宮ライトレールに近いと感じています。

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MAXライトレールは現在5路線で総延長100km弱と、規模はかなり大きいですが、まちづくりのためのツールとして新規に走り始め、都市と郊外を結び、路面以外を走る区間も多く、大学やスポーツ施設、企業施設の近くを通り、トランジットセンターでバスとの接続を行うなど、共通点は多々あります。ポートランドにはこれ以外に、都心を巡るストリートカーもあって、こちらが路面電車に近いので、ライトレールはもっと広い意味での都市交通であることが伝わってきます。


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ノスタルジーが入り込む要素がないことも、LRTと路面電車の違いです。なので路面電車の新設路線としては75年ぶりという報道より、首都圏で18年ぶりの新規事業者による路線開業というニュースのほうが、実体を捉えているような気がします。ちなみに18年前に開業したのはつくばエクスプレスであり、宇都宮ライトレールはつくばエクスプレスをダウンサイジングしたような感じがします。その点でもLRTという新しいワードが似合っています。

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最近になって新しいモビリティサービスが続々登場していることを含めて考えれば、すべての都市にLRTがふさわしいとは思いません。ただ世界的にもハイペースで人口減少と高齢化が進んでいることを考えれば、宇都宮市も提唱しているコンパクトシティ、つまり一定の場所に人を集めて生活することが行政サービスなどの点から重要です。それに適したモビリティツールとしてLRTは有効であり、すでに動き始めているまちづくりが今後どうなるか注目しています。

先月下旬から明るみに出てきた、中古車販売会社ビッグモーターの不正。個人的に印象的だったのが、展示車両を見えやすくするため、街路樹を除草剤などを使って枯れさせるという話でした。今週は東京都や埼玉県などが、除草剤の成分が検出されたことから被害届を提出したというニュースがありました。その一方で一部のドライバーからは、街路樹は邪魔だという意見が出るようにもなっています。

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たしかに私も自動車を運転していて、街路樹の剪定が行き届いていないために視界が遮られるなどの経験はあります。でもそれは道路を管轄する国土交通省や都道府県の管理体制に問題があるわけで、街路樹そのものに罪はないのに、いらないと全否定する言葉が出てくることに驚きました。

街路樹には景観以外にもメリットが数多くあります。多くの人が知っているように、植物は光合成によって二酸化炭素を吸い酸素を吐き出す、天然のカーボンニュートラルの役目を果たしてくれます。歩行者にとっては日差しを遮ってくれ、地表に届く光をやわらげるのでヒートアイランド現象の緩和にもなります。沿道の建物で生活する人たちにとっては、騒音を減らしてくれるという役目を果たします。

ざっと思いついただけでもこれだけの効果があるものを、運転に目障りだからという理由で不要扱いするのは、除草剤の使用の有無は違えど、ビッグモーターと似た発想です。日本は交通事故死者における歩行者の割合が圧倒的に高く、横断歩道を渡ろうとしている歩行者がいても止まらずに通過するドライバーが多いことは知られていますが、こういう部分にも歩行者軽視・自動車優先の思想が現れていると感じています。

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では海外では街路樹はどうなのか。ここではアムステルダムとヘルシンキを紹介しますが、写真を見返すと、それほど多くはないことがわかります。歩道を広くとった道路や川沿いには樹木を見ることはできるものの、狭い道には無理に植えていないという印象です。さらに欧州はコンパクトシティが根付いていて、都市内と都市間の道路の位置付けが分かれているので、都市間の道路は昔からの並木道を除けば、街路樹はあまり目にしません。このぐらいのほうが、個々の街路樹の存在価値が増すし、管理も楽ではないでしょうか。

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ただその前提として、歩行者や自転車のための空間をたくさん確保しようとしていることはあらためて感じます。まずは人が安全快適に過ごせる道路を考えて、その一環として街路樹を植えていくという印象なのです。だから邪魔にならず、風景と一体化しているのでしょう。日本のまちづくりがもっと人中心になれば、そもそもこういう問題は起こらないのではないかと、写真を見ながら思いました。

8月を迎えて、平日でも高速道路が混むようになったと感じています。車両の数が多くなれば、渋滞が発生したりするのは当然のことではありますが、自分を含めてできるだけ渋滞で不快にならないためにも、高速道路をどのように走ればスムーズに流れるかを考えることは大事だと思っています。そこで思い浮かんだのが、日本の数ある交通の中でもっとも定時性に優れ、事故率も少ない鉄道です。

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高速道路と鉄道の内容が似ているという感覚的な理由だけではありません。世界初の自動車専用道路は、1908年に米国ニューヨークで開通したロング・アイランド・モーター・パークと言われていますが、このパークウェイを建設したウィリアム・キッサム・ヴァンダービルト2世は、鉄道王として知られるヴァンダービルド家の一族であり、鉄道のノウハウが生かされているのではないかと想像しているのです。

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鉄道も高速道路と同じように、異なる速さの列車が混走しています。旅客列車と貨物列車で最高速度に差があったりするところも、乗用車と大型トラックで最高速度が違う高速道路と似ています。しかも大都市圏の通勤電車は、数分に1本という超過密スケジュールで動いているのに、道路交通とは比較にならないほど時間に正確です。優れた信号システムやATS、ATCなどの安全技術のおかげが大きいと思いますが、特に注目したいのは、速い列車が遅い列車を追い抜くシーンです。

片側2車線の高速道路と複線の鉄道を比べると、高速道路の追い越しは多くの場所で可能なのに対し、鉄道は途中駅で各駅停車が停車中に、特急などが別の線路を使って追い越すというパターンになります。これを安全的確に終わらせることができれば、ひとつの線路にいろいろな速度の列車をスムーズに走らせることができるわけです。つまり高速道路で言えば、やはり追越車線は追い越しのためだけに使い、終わったらすぐに走行車線に戻るほうが、全体の流れがスムーズになりそうです。

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大都市周辺の鉄道では複々線もいくつか存在しています。こちらは高速道路で言えば片側3車線と同等だと考えています。写真の東武鉄道伊勢崎線の場合、中央側が各駅停車、左側が急行などが走る場所になりますが、両者が走る場所を入れ替えたりすることはほとんどありません。これを高速道路に当てはめれば、大型トラックはもっとも左、乗用車は中央車線を走り、無駄な車線変更はしないことが、流れをスムーズにする秘訣になります。そしていちばん右の追い越し車線は、特急列車が急行などを追い越す駅のような場所だと考えています。

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自動車好きは鉄道、鉄道好きは自動車を嫌う人がいまだに多いことも事実です。でも両方のシーンを見てきた人間から言わせてもらえれば、技術面から運営面まで、それぞれに良さがあるので、もっとお互いの実例を参考にすべきではないかと思っています。それは走る場所の使い方という面にも当てはまると感じているところです。

*来週は夏休みをいただきます。次回の更新は8月19日(土曜日)の予定です。

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