THINK MOBILITY

モビリティジャーナリスト森口将之のブログです。モビリティやまちづくりについて気づいたことを綴っています

2024年08月

このブログでも何度か取り上げてきた芳賀・宇都宮LRT(ライトライン)が、今週月曜日に開業1周年を迎えました。ニュースで報じられているように、利用者数は当初の予測を約2割上回っており、しかも今年7月の利用者数が過去最高だったそうです。4月以降は開業直後だった昨年9月の利用者数を超え続けており、乗る人が増え続けていることがわかります。

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私が今年乗ったのは6月の週末だけですが、宇都宮駅東口からショッピングモールがある宇都宮大学陽東キャンパス停留場までは座れない人もおり、公共交通として定着していることが確認できました。10年以上前からこのプロジェクトを見てきたひとりとしては、たしかに開業までの紆余曲折はありましたが、拙速に進めなかったからこそ、成功を収めたのではないかと思いました。

宇都宮市が東西の交通軸を考えたのは、今から30年も前のことです。しかしその後、県知事が変わると動きがストップしたりしました。県知事も市長も推進派になり、2013年に芳賀町を交えて本格的な検討委員会が設置され、市役所にはLRTのための部署ができたものの、その後も市長選挙で反対派の候補が僅差まで肉薄したことがありました。

LRTがJR東日本宇都宮駅の東側から整備した理由のひとつに、同市東側から芳賀町にかけて広がる工業団地に向かうマイカーによる交通渋滞がありました。当初はこれを解消することが最大の目的でした。逆方向、つまり朝宇都宮駅に向かう利用者はあまり期待していないという説明でした。それが明るみに出て、多くの市民に関係ない路線に多額の税金が使われると捉える人が多くなったことが、思うように進展しなかった理由のひとつだと思っています。

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そこで市では、市民路線であることを強調するプロモーションを始めました。シンボルカラーのイエローを使い、駅のポスター、ホームページなどで、LRT整備の理由から費用まで、丁寧に市民に説明しました。そのうちに工事が始まり、車両が披露され、市民にも形が見えるようになったことで、徐々に理解度が高まっていったと感じています。

つまり予想以上の利用者を記録し、それが今も増加を続けているというのは、工場への通勤者をメインとした、もともと計算できていた数字に、プロモーションなどによって新たに興味を持った市民の移動がプラスされ、後者の数がLRTへの理解とともに少しずつ増えてきているのではないかと解釈しています。

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1周年に際しては、沿線人口や商業施設の来店客数の増加などが報告されています。中でも象徴的なのは3年前、宇都宮市で26年ぶりの小学校開校になった、ゆいの杜小学校でしょう。市が発表した今年5月現在の児童数は850人を超え、市内最大の小学校に成長しました。宇都宮市ではライトラインが、少子化対策や子育て政策にもなっているということになります。

とはいえ良いニュースばかりというわけではありません。現金利用者による電車の遅延は最近は目立たなくなりましたが、トランジットセンターで連絡するバスの本数が少ないうえに、電車が遅れると(LRTは道路の信号に従って交差点を通行するので多少の遅れは出ます)接続がうまく行かないという不満が寄せられています。

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LRTとバスの連絡については、富山ライトレール(現在は富山地方鉄道)富山港線のフィーダーバスの紹介をしたことがあります。あちらは電車とバスを同じ事業者が運行しているので、本数が多く接続がスムーズということもあるでしょう。トランジットセンターで連絡するバスについては、コミュニティバスのように市が運営すれば、融通が効くかもしれません。

今後について宇都宮市では、JR宇都宮駅から西側に約5キロ延伸する西側ルートを、2030年代前半に開業したいとしています。現地に行ったことがある人ならわかると思いますが、宇都宮市の中心部はこのあたりで、栃木県庁や市役所、オリオン通りと呼ばれるアーケード、東武宇都宮駅などがあります。いずれもJRの駅から歩くにはやや距離があるので、LRTで行けると助かるという人は多いはずです。

それとともに気になるのは、いままでもプロジェクトを揺るがしてきた政治、具体的に言えば選挙ですが、最近はこれまで反対候補を擁立してきた組織も車両基地を見学するなどしているようです。新たに小学校が生まれ、そこが市内最大になるような効果をもたらしたLRTにただ反対するというのは、難しいと考えはじめているのかもしれません。

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だからこそ今後は、今あるトランジットセンターなどの不満点を丁寧に解決しつつ、西側延伸をまちづくりとしてどう生かすか、という方向に論争をシフトしていってほしいものです。それが本来の政治であり、まちづくりではないかと思っています。

昨年7月に導入された、新しい車両のカテゴリーである特定小型原付(原動機付自転車)。主流は今も電動キックボードですが、四輪の車両もいくつか提案が出てきています。昨年秋のジャパンモビリティショーで、スズキが「スズライド」「スズカーゴ」を参考出展したことはこのブログでも報告していますが、自動車メーカー以外でも開発を進めているところがいくつかあります。

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そのひとつが、全国でシェアサイクルを展開するOpenStreetが新たに導入した自転車タイプの特定小型原付を提供している和歌山市のglafitです。自転車タイプの車両については以前ブログで記事とともに紹介していますが、同社では続いてアイシンと共同開発した4輪の特定小型原付を発表。いくつかの地域で実証実験を始めています。私も東京都内で行われた実証実験に参加し、「東洋経済オンライン」で記事にまとめました。

アイシンと共同開発した理由、試乗の感想などは記事をご覧いただければと思いますが、会場でglafit代表取締役CEOの鳴海禎造氏と話をする中でもっとも印象に残っているのは、同社が国に提出するなど、カテゴリーの創設に主体的に関わり、そこに電動キックボードのシェアリング事業者などが加わって、特定小型原付の施行に結びついたということです。

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カテゴリー創設の理由としては、50ccエンジンの一般原付が排出ガス規制の関係で存続が難しくなり、超小型モビリティは前に書いたようにカテゴリー自体の存続が危ぶまれるような状況で、高齢者などが自由に移動できるパーソナルモビリティの必要性を感じたとのことです。いずれにしても、電動キックボード事業者による政治家へのロビー活動で実現したという一部の人の主張は誤りということになります。



これ以外にも4輪の特定小型原付はあります。70年以上にわたり自動車部品などの製造を手がける群馬県伊勢崎市の山田製作所が開発した「Lactivo(ラクティボ)」です。すでに地元の群馬県などで試乗会を何度か開催しており、今年の夏に発売予定と告知されています。シンプルな成り立ちで、車両重量を41kgに抑えているなど、glafitの車両とは対照的な成り立ちで、個性の表現が可能なカテゴリーであることを教えられます。

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Lactivoのオフィシャルサイトはこちら
 
ここまで見てくると、同じ特定小型原付でも2輪と4輪では、想定ユーザーがまったく違うことがわかります。それは両社が、東京より高齢化率の高い地方都市の企業であることからも想像できます。現にglafitでは鳴海氏自身が高齢者向けと話しており、操作系についてはご両親などの意見も参考にしたとのことです。Lactivoについてもオフィシャルサイトに「移動手段の課題解決」という言葉があり、高齢者も想定していることは間違いないでしょう。

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LUUPのニュースリリースはこちら

電動キックボードシェアリングの代表格であるLUUPでも、2輪ではあるものの着座型・カゴ付きの「電動シートボード」を今年の冬から展開していくとしています。以前同社代表取締役社長兼CEOの岡井大輝氏に話を聞いた際には、安全性の高い3輪や4輪も導入していきたいと話していました。最初に電動キックボードが普及したために違うイメージがついてしまいましたが、これから4輪タイプがいくつか登場してくることで、特定小型原付の本来の意義を理解する人が増えていくのではないかと期待しています。

先週のブログで取り上げた松江市に向かう途中で、JR西日本芸備線に乗りました。芸備線は、岡山県新見市の備中神代駅と広島市の広島駅を結ぶ路線で、このうち備中神代駅と広島県庄原市の備後庄原駅の間は、2022年度の平均通過人員(輸送密度)が1日あたり100人以下にすぎないことから、全国に先駆けて「再構築協議会」が立ち上げられ、存廃が議論されています。個人的にもどんな状況なのか興味があり、平日日中に備中神代〜備後落合間を往復しました。

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予想とはまったく違う光景が待ち受けていました。備後落合行きは座れない人がいるほどで、伯備線新見駅まで向かう帰りの列車も座席はほぼ埋まっていました。乗車区間のうち東城〜備後落合駅間の輸送密度は1日20人で、先日発表された2023年度でも同数でしたが、単純計算しても2列車で40人ぐらいは乗っていました。そして備後落合駅では、この駅が終点になる木次線の列車から、30人ぐらいが次々に降りてきました。2022年の輸送密度では、同線出雲横田〜備後落合間が54人だったので、こちらも想定外でした。

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ここまで利用者がいた理由として、話題の線区ということが大きそうですが、もうひとつ乗り換えのしやすさもあると思いました。1日の本数は、芸備線の三次方面が5本、備中神代方面と木次線はともに3本ずつしかありません。しかし私が利用した14時30分前後では、14時19分から25分にかけて3方向から列車が到着し、それぞれ15分ほど停車したあと、40〜44分に折り返していくという、乗り換えを前提にしたような設定なのです。

過去に利用した他の地方鉄道でも、乗り換えのしやすさが印象に残っている駅はあります。たとえば千葉県夷隅郡大多喜町にある上総中野駅は、小湊鐵道といすみ鉄道の終点であり、別々の鉄道事業者なのにホームが並んでいるだけでなく、乗り継ぎしやすい時刻設定の列車が多く、小湊鐵道のオフィシャルサイトの時刻表には、いすみ鉄道の列車の時刻も記しています。両鉄道がメディアで取り上げられることが多いのは、首都圏であることも大きいですが、アクセスのしやすさに配慮している点もあると思っています。

空の移動まで含めて考えれば、地方空港の連絡バスが飛行機の発着時間に合わせた運行をすることは、常識となっています。空港には飲食店や土産物店など、時間をつぶす場所があるにもかかわらずです。山陰からの帰りは出雲空港までバスで移動したことは前回書きましたが、乗車した松江しんじ湖駅前の時刻表には、バスだけでなく飛行機の出発時刻も書いてありました。乗り換えは単に移動距離を少なくするだけでなく、待ち時間を少なくすることも重要だとあらためて感じました。

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芸備線に話を戻すと、利用者の多くはいわゆる「乗り鉄」風でしたが、それは列車の本数が少なすぎるがゆえだと考えています。備後落合駅で3方向の列車が同じ時間帯に集まるのは、1日の中でこのタイミングだけ。仮に途中下車して散策しても、次の列車は少なくとも2時間以上あとです。現実的には列車に乗り続けるしかないような状況なのです。

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高速移動は中国自動車道が並行しているので対抗は難しいとしても、日中にあと2回ぐらい、3方向の列車が集まる時間帯があれば、地域住民はもちろん、乗り鉄以外の観光客も、使える移動手段だと目を向けるのではないでしょうか。逆に言えば、沿線の自治体が飲食店などを用意して活性化を図ろうとしても、今のダイヤでは効果は期待できないと思います。一部のルートを付け替えてスピードアップもしたいところですが、列車の本数を増やすだけでも、状況は変わっていくような気がしました。

*来週は夏休みをいただきます。次回は8月24日更新予定です。

島根県に用事があったので、以前から気になっていた松江市に宿泊しました。中心市街地は宍道湖のほとり、もうひとつの湖である中海に向けて大橋川が流れ出すあたりに広がっており、北岸にそびえる国宝・松江城のお堀を含めて昔から水の都と呼ばれ、水辺の活用や保全を目的とした官民一体のプロジェクト「ミズベリング」に早くから参加していたことを知っていたので、訪れてみたのです。

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JR西日本松江駅前のホテルに荷物を置いた私は、まず大橋川に出ました。宍道湖遊覧船が発着していた乗船場の周辺は、遊歩道として整備されていました。船や対岸を眺めながら宍道湖のほうに歩みを進めていくと、宍道湖大橋の手前で白潟公園に出ます。湖畔では近所の人たちが心地よさそうに過ごしており、うらやましく思いました。翌日は北岸の千鳥南公園や松江城周辺を巡りましたが、こちらも水辺と親しめる場所が数多く用意されていました。

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一方ホテルで見たテレビでは、松江市の別の側面を知ることになりました。今年1月に営業を終了した松江駅前の一畑百貨店の利活用についてのニュースがあったのです。閉店から半年が経過しましたが、まだ方向性は明らかになっておらず、秋には公表できるとのこと。松江駅の反対側にはイオンがあり、特急で30分足らずの鳥取県米子市には百貨店が3軒あるので、お客を取られてしまったのかもしれません。

駅前にはほかにも気になる箇所がありました。駅前交差点に歩行者用地下道が用意されているのは、金沢駅や鳥取駅など日本海側のいくつかのターミナル駅で見たことがありますが、松江駅前の交差点には駅の反対側に渡る横断歩道がなく、地下道に頼らなければいけないうえに、ここに地下駐車場も併設されていて、なんと地下道の途中を駐車場にアクセスする車道がクロスしているのです。ここまで自動車優先の作りは最近では異例です。

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松江市を訪れてもうひとつ感じたのは、JR松江駅から市役所や一畑電車松江しんじ湖駅があるエリア、松江城や島根県庁があるエリアまで、それぞれ2kmほど離れていることです。これらの間はバスで結ばれていますが、地方のバスでよくあることとして、どこのバス停から出るどのバスに乗れば行けるのかがわかりにくく、レンタサイクルはありますが周遊向けなので、短時間利用と乗り捨てができるシェアサイクルがあれば便利になりそうです。

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帰路は松江しんじ湖駅から松江駅経由のバスで出雲空港に向かいましたが、夕刻だったこともあり、駅前通りや国道9号線でひどい渋滞に遭遇しました。中心市街地に湖があり川が多いということで、一部の道路に自動車が集中してしまっているようでした。とはいえ湖や川は松江市の魅力の源泉でもあるので、この地形を生かすモビリティを考えてほしいと感じました。

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松江市オフィシャルサイト「松江駅前デザイン会議」のページはこちら

松江市では一畑百貨店の閉店を機に、「松江駅前デザイン会議」を何度か開いており、現時点でも市民アンケートの結果などは見ることができます。市民の方々も松江らしさとして「水の都」「宍道湖」を挙げている人が多いので、そのあたりをイメージできる駅前にしてほしいものです。今年はJR西日本の特急「やくも」が新型車両になり、この地域はいままで以上に注目を集めているはずなので、観光で訪れる人たちが心地よく感じる玄関口を作ってほしいものです。

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